中原宏さん(79)飯島町南町
絵本の読み聞かせと朗読劇にも出演
「親子に絵本の楽しさを伝え、絵本を通じての様々な疑似体験をさせたい」と、町図書館や小学校の読み聞かせに取り組み、朗読劇「この子たちの夏」「小林上等兵のヒロシマ」に出演し、平和の尊さ、戦争のむごたらしさを後世に伝える。
1929年、飯山市生まれ。10歳で父が亡くなり、両親の出身地である飯島町で落ち着いた。赤穂農商学校に進学したが、第2次大戦中で、学徒勤労動員で名古屋の三菱重工航空機製作所で飛行機づくりをした。B29の爆撃で工場は破壊され、一ノ宮に疎開したが、ここでもB29の襲撃を受けた。
「夜、防空ごうから飛び出し、日本軍の高射砲がB29に向けて、射撃するのを、土手に張りついて見ていた。空襲になると、爆風で眼球が飛び出さないように押え、耳もこまくが破れないようにふさぎ、じっと解除を待った」という。
3月末、1年繰上卒業で郷里に戻り、8月に終戦になった。B29の空爆の下をかいくぐり、生き長らえた戦争体験が「この子たちの夏を読む会」の朗読劇に厚みと臨場感を与えている。
戦後は代用教員や会社員を経て、おもちゃ屋を始めた。昭和30年代中ごろ、模型飛行機全盛の時代で、町内の大抵の男の子は、小銭を握りしめ、模型飛行機のキッドを買いにきた。「その頃の子どもたちが今の飯島町を支える中堅になっている」と笑顔を向ける。
今も印鑑製造販売に商売替えした店内には、1960年、県代表として小学生を引率し、全国大会に出場した名機が展示されている。
絵本との出会いは20年前、初孫が生まれ、上郷図書館の下沢洋子館長の「身近な人が絵本を読み聞かせることで、幼児が犬やネコになったり、哀しいこと、うれしいことなど疑似体験させることが大切」の一言に触発され、ブックリストから選び、絵本を買い求め、孫に読み聞かせた。
最初の1冊が「もちもちの木」、以来、福音館の月刊誌「こどものとも」「012」など買い求め、今では店兼作業場の壁面は数百冊の絵本でびっしりと埋め尽されている。
1989年2月の「飯島こどもの本の会」の立ち上げにも関わり、図書館の読み聞かせグループにも加わり、毎月の「絵本とお話しの森」では絵本の読み聞かせとハーモニカ演奏で親子を楽しませている。
ほかに、飯島町の2小学校、中川村のつどいの広場バンビーニでも読み聞かせボランティアに励む。
中原さんのもう1つのライフワークは「この子たちの夏を読む会」の活動。同会は2000年6月、地人会の朗読劇「この子たちの夏」を機に発足。03年3月、高尾の小林正巳さんの被爆体験を「読む会」のメンバーだった葛岡雄治さんが脚本化した「小林上等兵のヒロシマ」の初演から現在に至るまで語りを熱演する。
「小林さんの体験談を何回もお聞きした。これからも、声の出る限り、小林さんに成り代わって続けたい」と話す。妻と2人暮らし。