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【「信濃鶴」長生社専務、杜氏 北原岳志さん】

駒ケ根市町二区

【「信濃鶴」長生社専務、杜氏 北原岳志さん】

 06年度製造の新酒を対象にした全国新酒鑑評会で「純米大吟醸信濃鶴」が金賞に輝いた。純米酒が金賞を受賞するのは極めて珍しい。信濃鶴は過去、少量の醸造用アルコールを添加した吟醸酒で6年連続金賞受賞の記録を持っているが、02年に「純米酒しか造らない」と宣言して以降では初の受賞だ。この間の道のりは決して平坦ではなかった。
 ◇ ◇
 「長男だからいずれは蔵を継ぐことになるだろうと思ってはいたが、まさか杜氏(とうじ)として酒を造ることになるとは考えもしなかった」
 杜氏とは職人を監督、指揮する親方で、酒造りの総責任者だ。
 大学は工学部に進学し、ものづくりの基本となる技術、品質管理などのほか、経営学も習得。90年に家業に入り、酒造にかかわるすべての仕事を覚えた。
 数年後、長く働いてきた杜氏が体の具合を悪くした。後任の杜氏を探したが適当な人が見つからないまま月日が過ぎ、いよいよ翌年はもう働けない竏窒ニいう状況に追い込まれた。杜氏がいなければ酒は造れない。
 「誰もいないのなら自分がやるしかない。だが、それまで8年間やってきたとはいえ、教えられてやるのと自ら先頭に立ってやるのとは全然別。必死だった」
 苦労しながら杜氏として数年の経験を積むうち、自らの酒造りに疑問がわいてきた。
 「日本酒の消費はずっと前から右肩下がりを続けている。消費者に受け入れられないのは単純にまずいからだ。それなら思い切って日本酒本来の原点の姿に戻ろう」と、醸造用アルコールを添加しない純米酒だけを造っていくことを決断した。純米酒だけの蔵は全国で十数軒しかない。父である社長を説得し、運命の大転換に乗り出した。
 純米酒は「コクはあるが重い」というのが定評だ。案の定、当初は評判が悪く、売り上げも落ちた。鑑評会の金賞連続受賞もぱったりと途絶えた。しかしぐっとこらえて、コクを残しつつキレを出そうと、さまざまな試行錯誤を重ねて課題を一つ一つ克服。そして今年、5年間にわたる挑戦がようやく実を結んだ。
 「やっと光が見えたような気がする。思った方向に向いているかな、って。味を評価されたこともうれしいが、純米だけに絞ったことで蔵として一本筋が通ったことが大きい」
 ◇ ◇
 理想の酒は「香り高く、米の味わいがある程度出ていて、かつキレがいい」と言う。
 「昔は抜きん出た酒を造りたい、東京で売れるような酒を造りたい、などと考えていた。今はね、結局自分の好きな酒を造ればいいんじゃないかと思うようになった」
 酒は生き物だ。まったく同じに仕込んだつもりでも同じ酒にはならない。
 「酒造りで、こうすればこうなる竏窒ニ確信が持てるのはせいぜい1年に1つ。長い道のりだが、地道な実験を繰り返しながら理想の酒を追い求めていきたい」
( 白鳥文男)

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