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天竜川 いのちの鎖

ハッチョウトンボからアカウミガメへ

天竜川 いのちの鎖

伊那谷の中央を流れる天竜川は、諏訪湖から河口まで約213キロ。中央アルプスや南アルプスの清流と合流し、人々の暮らしの中を流れ、遠州灘から太平洋へ注ぐ。
台所からの排水、工場排水、農地からの浸透竏窒サの天竜川の上流に暮らしている私たちの日々の暮らしは、全て下流へとつながっている。森の栄養分は川を通じて海に注がれ、魚のいきものたちを育む。生きている川でなければ、そのいのちの栄養分を下流に運ぶことはできない。
天竜川河口に広がる砂浜は、絶滅が心配されるアカウミガメの産卵地。天竜川が運ぶ砂がこの砂浜を形成してきた。上流に住む私たちが、このアカウミウガメの未来に大きく関わっていることは、言うまでもない。
伊那市新山小学校がある新山地域は、世界一ちいさなハッチョウトンボのふるさととして知られている。ハッチョウトンボも、一定の自然条件のもとでなければ育まれない貴重な生物だ。今春、珪藻研究者飯島敏雄さん(諏訪市在住)を迎えて、新山小学校で野外授業が開かれた。その授業の中で、ハッチョウトンボを育む水の中を観察し、そこに日本一大きな珍しいクチビルケイソウという珪藻の存在を確認した。ハッチョウトンボの幼虫が餌にしているミジンコは、この珪藻をエサにしている。つまり、このクチビルケイソウが生き続ける水環境を保つことが、ハッチョウトンボを守ることにつながるのだ。
この野外授業での観察で、貴重な珪藻の存在を知り、その水環境が、新山地域を流れる新山川、三峰川を経て天竜川につながり、その先に広がる砂浜で産卵するアカウミガメにつながる竏秩B
「天竜川河口に行って見たい」「アカウミガメの産卵を見てみたい」。新山小学校の子どもたちの中で、そんな気持ちがふくらみ、7月末、親子で天竜川河口の砂浜へ出かけることになった。

天竜川が運んだ砂が育むいのち

天竜川 いのちの鎖

アカウミガメは、毎年5月から8月までの約3ヶ月間、夜半から早朝までの時間帯に砂浜に上陸して産卵する。砂浜に穴を掘り、100個ほどの卵を産んで砂浜に埋めて、母カメは海へ帰る。それから約50日後、砂の中から孵化した子ガメが這い出て、海へ戻ってゆく。そして、黒潮にのって太平洋を回遊し、20年後に再びこの砂浜に戻り、産卵すると言われている。その確率は5000分の1だ。
しかし、近年、砂浜への車の乗り入れによって卵がつぶされたり、車の轍を子ガメが乗り越えられず海にたどりつけなかったり、陸側の紫外線が夜になっても消えないために子ガメが海の方角を判断できなかったり(子ガメは海の紫外線によって海の方角を判断する)、ゴミの散乱によって安心して産卵できる環境ではないなど、さまざまな人為的な理由によって、アカウミガメの産卵、孵化の環境は悪化しているという。さらに、天竜川から砂が運ばれなくなったことによる砂浜の減少が、大問題となっている。
そこで、20年前から、産卵した卵を保護し、孵化小屋に移して孵化を見守り、人の手によって海に戻す活動を展開しているのが、NPO法人サンクチュアリジャパン(馬塚丈司理事長)だ。産卵期間中は、毎朝、70キロ余に及ぶ砂浜を調査員が分担して歩き、産卵を調査、卵の保護を続けている。サンクチュアリジャパンによれば、この夏、産卵のために上陸したアカウミガメはのべ191頭、保護した卵の数は2万個余。サンクチュアリジャパンでは、このアカウミガメを通して、多くの人々に貴重な砂浜について知ってもらい、未来の子どもたちに豊かな自然環境を残していこうと、子ガメの放流会や砂浜の植物観察会などを開催している。

砂浜で出会ったアカウミガメの卵

天竜川 いのちの鎖

新山小学校の一行26人が訪れた7月28日朝。遠州灘に広がる砂浜の北の端に近い浜岡で、一匹のアカウミガメの産卵跡が発見された。
調査員の説明によると、ここで産卵したアカウミガメは、足跡から片足が不自由だったことがわかるという。子どもたちは、サンクチュアリジャパンの馬塚丈司さんに教えてもらいながら、そっと砂を掘り、アカウミガメの卵を掘り出した。砂浜に片足でメッセージを残しながら、海に戻っていったアカウミガメ。その朝、掘り出された卵は110個あった。卵は、数十センチ上から産み落としても割れないように、適度な柔らかさをもった殻で守られている。その柔らかさにはじめて触れた子どもたちは、その手のひらの確かな感触に言葉を詰まらせていた。
掘り出された卵は、孵化小屋に移し、再び砂に埋められ、孵化までの約50日間、サンクチュアリジャパンで大切に見守られる。

子ガメを放流に行こう

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9月20日。子どもたちが砂浜で卵を掘り出してから約50日が過ぎた。
 実は、砂浜で卵に触った日の帰り、バスの中で「孵化した子ガメに会いたい」「海に戻してやりたい」という声があがり、放流に再び訪れることが決まっていた。そして迎えたこの日、子どもたちは7月に出会った卵を産んだ片足の母カメに「歩海」(あゆみ)と名づけて、片足でもしっかりと砂浜に新たな命を産み落としたそのたくましさに、改めて思いを巡らせていた。
 再びやってきた砂浜で、一匹ずつ子ガメを手のひらにのせて、静かに砂の上に置くと、子ガメたちは一斉に海へ。新山の子どもたちは、その懸命な姿を見送りながら、「がんばれ」「20年後に戻ってきて」と声をかけていた。

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