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どうなる産科医療

昭和伊南総合病院 産科医療と分娩3月末で休止

どうなる産科医療

 駒ケ根市の昭和伊南総合病院(千葉茂俊院長)の産科診療と分娩(ぶんべん)は3月末で休止されることが決定的となっている。市内には開業医もない。まさかと思われていた、産科医師がゼロとなる事態が現実のものとなってしまったのだ。
 千葉院長はじめ関係者は「診療再開に向けて、引き続き最大限の努力をしている」としているが、肝心の産科医師が全国的に不足している現状を考えると、医師の確保に向けた今後の見通しは極めて暗いと言わざるを得ない。
 県の産科・小児科医療対策検討会が、医師は連携強化病院に重点配置する竏窒ニする方針を示したのを受け、信州大学は昨年、昭和病院に派遣している産婦人科の常勤医師2人を3月末までに引き揚げることを一方的に通告。引き揚げは信大でも深刻化が進む医師の絶対数不足からやむを得ない措置として決定され、信大に太いパイプを持つ千葉院長が、さまざまな機会をとらえて懇願してさえ、「交渉の余地はまったくない」(関係者)というほど強硬で、決定が覆る可能性は限りなくゼロに近い。
 信大からの派遣のめどがつかないのであれば、病院が独自に医師を探すしか産科存続の道はない。千葉院長は「あらゆる方面に手段を尽くして医師を探している」というが、現在までのところ応じる医師は現れていない。地元出身の医師に対してもUターンを呼び掛けているが、これも望みは薄いようだ。
◇医師呼び込みへ組合が新制度導入
 病院を運営する伊南行政組合(組合長・中原正純駒ケ根市長)は窮余の策として、医師を呼び込むための新たな制度を10月に導入した。県外から転入して3年以上勤務しようとする医師に500万円、2年以上勤務しようとする医師に300万円をそれぞれ貸与する竏窒ネどとする医師研究資金貸与制度がそれだ。対象の診療科は産婦人科のほか、整形外科など。貸与された資金は、それぞれの勤務期間を経過すれば返還の義務は免除されることになっている。
 県が運用している同様の制度は3年勤務で300万円、2年勤務で200万円が貸与されるが、調整を図るため、適用者にはその差額(3年縲・00万円、2年縲・00万円)が貸与される。
 私立を除く県内の病院では初の導入だが、県外では同様の制度がすでにあり、かなりの数の医師が適用を受けているという。だが、昭和病院への応募は今のところまだない。
◇院内助産院開設も…
 「医師がいない状態でも、出産のプロとして助産師がいるじゃないか」という意見も、市民の間から多く出ている。実際に昭和病院は医師が確保できない場合の案として助産師が分娩をする「院内産院」の開設を模索している。だが、現段階では4月の開院は現実的に厳しい状況だ。なぜなら、法律により、助産師が扱うことができるのは正常な分娩に限られ、容態が急変した場合や帝王切開の必要が生じた時などに対応できる産科医師との契約が条件となっているからだ。
 開設の見通しについて千葉院長は「医師がいないとリスクに対応できないから、助産師だけでの開設は現実的に無理。伊那中央病院(伊那市)の産科医師に応援を要請するという方法も考えられないことはないが、何か緊急事態が起きた場合、5分、10分を争う時に伊那まで行くのに30分もかかっていては難しい」と話している。
 開設に向け、引き続き県や信大とともに検討を進めたいとしてはいるものの、院内助産院は県内でいまだ1カ所も開設に至っていない。県衛生部は「院内助産所が増えるよう支援していきたい」とする方針を示してはいるが、具体化するのは一体いつになることやら…。
◇なぜ医師不足?
 そもそも、なぜ産科医師が全国的に不足しているのか竏秩B
 原因の一つには医師の負担の大きさが挙げられる。出産はいつあるのか分からない。診療を求められれば医師は対応する義務があるから一日24時間、一年365日、まったく気の休まる暇もない。加えて陣痛から出産まで長時間にわたるケースも多いため、昼夜を問わないあまりの激務に耐えかねて退職する医師が後を絶たず、産科を希望する研修医も、この厳しい実態を目の当たりにしてほかの診療科を選択してしまうのだ。
 二つ目には、医療が聖域ではなくなり、出産に当たって何か問題が起きた場合、医療事故としてすぐに裁判に訴えられるケースが増えたことがある。こうした要因によって医師の産科離れが進んでいるのだ。
 それでも世のため、人のため竏窒ニ使命感に燃えて産科を選択してみても、その報酬は激務に見合ったものとはいえないことも多いようだ。くしの歯が欠けるように1人、2人と医師が減っていく結果となり、残った医師の負担はさらに重くなっていくという悪循環が起きている。
 千葉院長は「昭和をどうするというより、上伊那全体の医療のあり方を真剣に検討しなければ地域医療は崩壊してしまう」として、伊那中病などに協力、連携を呼び掛けている。中原組合長も異口同音に「今の状態では地域医療は守れない。経営的なことも含め、将来は上伊那広域で、場合によっては、飯田との連携も視野に入れながらやっていくべきだ」として、広域連携の必要性を強調している。
 目先の医師確保だけでなく、数年先を見越した中長期的な視点が求められている。
【伊那中央病院の対応】
 昭和伊南総合病院の産科診療と分娩休止を受け、伊那中央病院は、地域医療を守るため、4月からの里帰り出産の自粛や施設改修などの対応を取る。
 昨年8月、記者会見で、地域住民らに対し▽郡外からの里帰り出産は遠慮してほしい▽産婦人科の初診は紹介状を持参してほしい竏窒ニ理解を求めた。
 上伊那の年間の分娩件数は1600件。内訳は伊那中病が千件、昭和病院が500件、民間・助産所が100件。
 伊那中病の産婦人科医師は4人。来年度、1人増員の見込みだが、昭和病院分をそのまま受け入れることは厳しく、里帰り出産を制限して対応する。
 里帰り出産は伊那中病で200件、昭和病院で160縲・70件が占める。
 全体の分娩数から里帰り出産を除くと、伊那中病で800件、昭和病院で330縲・40件。年間1140件と計算上では受け入れ可能となる。
 しかし、近隣の下伊那赤十字病院はすでに分娩を休止し、飯田市立病院も4月から医師の減員が見込まれ「里帰り出産と、飯田下伊那以外からの出産は予約枠に余裕がない限り原則として断る」とホームページなどで広報している。
 中川村など上伊那から、下伊那の病院を利用する年間50縲・0件も引き受ける形となる。
 医師確保に目途が立たず、分娩できる場所がなければ、里帰り出産は「断りきれない」。
 伊那中病では年間1200件を見込み「何とか上伊那の需要にこたえたい」としている。
 上伊那広域連合は昨年12月、県知事に対し、医師確保についての要望書を提出。
 要望事項は▽産科医の増員についてあらゆる手段の検討・実施▽産科医以外の医師確保竏窒フ2点で、地域の実態を知って、地域医療への確保に配意してもらいたいと切実な思いを訴えた。
 医師の増員が見込めない中、助産師の果たす役目も大きくなっている。
 助産所は伊那市と駒ケ根市の3カ所にあり、来年度には4カ所に増える予定。2、3年後には6カ所を見込み、自宅出産を含めて年間100人くらいは対応できるのではないかという。
 正常分娩のみを取り扱う助産所は、妊娠中の健康管理や不安解消など一人ひとりと向き合いながら、万全の状態で出産できるようにケアする。
 日本助産師会長野県支部上伊那地区長の池上道子さんは「お母さんたちに、自分のお産について考えてもらいたい」と選択肢があることを伝える。

施設改修で受け入れ態勢整える

どうなる産科医療

 伊那中病の年間の分娩件数は千件。診察室や分娩室など施設面からも、昭和病院分をそのまま受け入れるのは難しい状況。そのため、今月上旬にも施設改修を始める。
 病棟4階にある分娩室を2室から3室に増やす。陣痛室1室が分娩室に変わるが、新たに陣痛室としても活用できる病室1室を設ける。3月上旬にしゅん工予定。
 さらに、08年度には産婦人科の外来診療棟を増築。1階の産婦人科外来の南側に、鉄骨平屋建てを造る。
 産科と婦人科の診察室・内診室を1室から2室に増やすなど現在の2倍の広さにする。5月に着工し、8月中旬に完成予定。
 改修費用は1億1700万円を見込む。

産婦人科医の一日

 全国的に深刻な問題となっている医師不足。その背景には、医療費抑制のための医師数制限がある。加えて、産婦人科は分娩にかかわる医療訴訟が多く、リスクを伴う。さらに、過酷な勤務も強いられている。
 産婦人科医師は、どんな1日を送っているのか。命が誕生する現場を追った。
 伊那中央病院(伊那市)は、4階に産婦人科病棟がある。出産を控え、大きなおなかをさすりながら歩く妊婦、出産を終えて赤ちゃんを抱えてほほ笑む妊婦らの姿が目に入る。
 産婦人科医師は、部長の上田典胤医師のほか、20縲・0代の3人。医師は出産だけでなく、子宮筋腫、卵巣腫瘍などの疾患、がんの手術・治療、救急業務などに当たる。
 午前8時半、1日の仕事が始まる。医師4人は外来診療と病棟回診の2手に分かれる。
 外来診療は産科と婦人科。「パンク状態」を解消するため、昨年10月から初診者に紹介状の持参を求めている。
 1時間に、およそ患者7人のペースで診察・内診する。
 産科では、医師が妊婦のおなかのはり具合を聞いたり、超音波で胎児の心音を聞いたり。妊婦から「男の子か、女の子か教えて」「お菓子は食べちゃ、だめですか」とさまざまな質問が投げかけられ、丁寧に受け答える。妊婦の体重の変化なども見て、楽しむ食事の摂り方をアドバイスする。
 正午から1時間の休憩(昼食)を挟み、午後4時半ごろまで続いた。
 一方、病棟回診は、医師が病棟にいるすべての患者一人ひとりを診て回る。病床数は34床(患者数で変動)。
 「調子はどうですか。おなかは痛くありませんか」と声をかけながら、出産後の妊婦の子宮の収縮具合やおっぱいの張り具合、手術後の傷の様子などを見て触って確認。薬の処方なども決める。
 昼食を済ませたあと、午後1時から帝王切開のため、手術室へ。手術には医師2人をはじめとするスタッフ10人が携わる。妊婦の意識がある中、子宮を切開。おなかから赤ちゃんが取り出されると、元気な産声が響いた。命が生まれた瞬間。「おめでとうございます。女の子です」。その後も処置は続き、母親と赤ちゃんがわずかな時間、対面を果たした。手術を終え、手術室から医師が出てきたのは午後2時半。
 引き続き、3時10分から2時間余の手術1件をこなした。
 その後、病棟の受け持ちの患者を診て回ったり、翌日、手術を控えた本人や家族らに手術の説明や同意を求めたりする。
 そのほか、1縲・時間かけて、治療記録などをカルテに記入する。
 1日の業務を終えたのは午後7時すぎ。
 時間外となる午後5時半縲恬s冾フ午前8時半は「宅直」(医師1人)が待っている。宅直は一旦、家に帰っても何かあれば電話で呼び出される拘束医師のこと。出産を控えているなど病棟を離れられないときは、院内の産科当直室に泊まる。
 4人のローテーションで、1週間に1縲・回が回ってくる。夜間に分娩2件が重なったり、容態が変わって緊急患者が入って来たりと呼び出されるのはいつものこと。「呼ばれるもんだと思っています。何もなければ良かったな、と」。
 宅直明けには、通常の業務が続く。
 土・日曜日は休みとなるが、何かあった場合に対応するため、拘束医師1人を定めている。緊急事態の場合は、さらに、もう1人が呼ばれる。
 年間の分娩数は千件。1人の医師が取り扱う分娩数の理想の上限は150人といわれるが、250人を扱っている計算になる。
 昨年1縲・1月の合計は926人。1カ月単位でみると、74縲・5人で推移した。
 伊那中病は「安全な母・子にやさしい分娩になるように」と、できるだけ自然分娩にしている。妊婦にどういうお産をしたいのかを聞き、その希望に沿った形で納得できるお産を目指す。
 出産予定日でも、いつ何時、生まれるか分からない。全く自然分娩がない日もあれば、1日に10人が重なり、医師3人がかかりっきりになったこともある。
 分娩の場合、陣痛が始まって生むまでに平均6縲・時間かかる。初産となると12縲・6時間。長い人で3、4日という人も。
 すべての分娩に医師が立ち会っており「1日3人はきつい」という。
 取材した日、出産予定日だった妊婦が3人いたが、自然分娩はなかった。緊急の来院患者もなく、比較的、平穏に過ぎた1日だったそうだ。
 来年度、医師1人増員の見込みで、分娩数を1200件と想定する。
 里帰り出産を制限しているが、これまで下伊那で出産していた上伊那分は増える。
 出産だけでなく、手術も引き受けることになり、医師は「実際にやってみないとどうなるか、分からない。減った分以上が来るのではないか」と心配する。
 1年半前から毎週木曜日、県立木曽病院から医師1人が診療支援として応援に来ている。
 仕事をする上で「体が資本」。体調を崩し、倒れてしまってはどうにもならない。「フルに働かなくても、昼間だけでも産休明けの医師を活用すれば負担が軽くなる」。
 小川秋実院長は、産休明け医師の採用について「大いに期待したいが、乳飲み子を抱えたまま、職場復帰してくれるかどうか」とし、受け入れ体制を整える必要も挙げる。
 「医師に負担をかけないためには、患者を減らすしかない」というが、現状では厳しい。
 昼夜を問わない勤務体制の中で、やりがいを持って働く医師を減らさないための環境づくりが重要だ。

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