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【洋画家 小松茂郁さん】

駒ケ根市赤須東

【洋画家 小松茂郁さん】

 幼いころから絵を描くのが大好きだった。学校の教科書や手帳のほか、家のガラス窓などに手当たり次第描いていたため、客間への出入り禁止を言い渡されたほどだった。
 「とにかくあらゆる物に描いていました。おかげで小学校の図工の成績は良かったですね」
 進学した飯田高校でも美術班で絵を描き続けた。だが大学卒業後は仕事も忙しく、鼻の病気のせいで体調も思わしくなかったため、制作からは遠ざかっていた。 
 35歳の時、日展会友の画家、中島覚雄さん(故人)が駒ケ根で講座を開くことを知って入会。
 「飛びついた竏窒ニいう感じでした。鼻の具合が悪いと何をしていても苦しくて、集中できない。言い訳に聞こえるのが嫌で人にも言えず、一人で苦しんでいたんです。子どものころから大好きだった絵も描く気にはなれなかった。だが中島先生の講座を知った時、絵に対する情熱が一気によみがえったんです。大げさなようですが、まさに人生の救世主のように思えました」
 中島さんには当初から「何か独特のものを持っている」と高い評価を受け、いろいろと目をかけてもらった。指導をきっかけに、乾いた土が水を吸い込むようにさまざまなことを吸収し、急速に実力を高めた。だが、中島さんはある日突然「欧州に行くから」と言い残して去ってしまい、講座も自然消滅。
 「残念でした。もう少し教えてもらいたかったが竏秩Bでも絵というのはいつかは自分のスタイルを確立しなければならないので、先生に頼ってばかりいては先に進めない。そういう意味ではちょうど良い頃合だったかもしれないですね」
 最初はどういう絵がいいのか分からず、手探りで描いていたが、経験を重ねるに従って少しずつスタイルが固まってきた。
 「自分の絵というのを早くつかむべき。やはり人まねでなく、信念や思いを自分なりに表現することが大切ですね」
 その後、県展、県勤労者展など、さまざまな展覧会に連続入選するなど活躍。県高齢者展では県知事賞を受けた。
 ◇ ◇
 主に静物を描くが「特にテーマは持っていない。ひらめきと思いつきで題材を決めています。タッチを効かせて自由奔放に描くことを心掛けていますが、実は意識しなくても自然と写実的でない描き方になってしまうんでうよ」。
 「タッチが独特だ」「色が美しい」と評される反面、「いいかげんな絵で楽に描けそうだ」などと批評されることもあるというが「とんでもない。1枚の絵を完成させるというのはいつでも苦しいものです。絵描きはみんなそうだが、絵が良いのか悪いのか自分では分からない。私もたくさん描いてきたが、いまだに会心の作というのはないんです。入選しても『こんな絵で賞をもらっていいのか』と後ろめたい思いをする時さえあるくらいなんですよ」。
 (白鳥文男)

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