酪農家の挑戦竏衷繹ノ那の現場から竏・
飼料価格の高騰に伴う経営危機に、自給飼料の面から対抗策を打ち出す酪農家の姿がある一方、牛乳そのものの質“乳質”を高めることが、この危機を脱する一つ方法になると考える酪農家もいる。
伊那市手良の酪農家・酒井秀明さん(35)は、その一人だ。現在75頭の乳用牛を飼育している酒井さんは、上伊那では大きい規模の酪農家。酒井さん宅でも、牧草、トウモロコシサイレージ(茎、葉、実を含む発酵飼料)などの粗飼料(繊維質を中心とするもの)の生産に取り組んでおり、与えるえさの約40%は自給している。しかし、それでも足りないため、残る約60%は輸入飼料に頼らざるを得ない。昨年はほかの酪農家同様、飼料価格の高騰が経営に重くのしかかったが、配合飼料(トウモロコシの実などを中心とする穀物飼料)の量や質はあえて落とさなかった。
「むしろえさの質は良くなっている」と話す。
酒井さんがえさにこだわるのには理由がある。それは、穀物を主原料とする配合飼料こそ、生乳の量や質を決める重要な役割を果たしているからだ。また、質の高い生乳を生産することにはメリットもある。
長野県の酪農家は、長野、愛知、岐阜、三重4県の酪農家でつくる「東海酪農業協同組合連合会(東海酪連)」に、生乳の販売を委託しており、東海酪連が乳業メーカーと乳価交渉を行い、その年の乳価を決める。乳価は、販売した乳代を平均した単価(プール乳価)となっているため、酪農家の出荷する生乳の基本単価はすべて同じ。収入は出荷量に比例することになる。
しかし、一方では品質の良い生乳には報奨金が与えられるようになっている。それは、生乳の成分、品質などを検査する「生乳検査」で判断しており、各酪農家が出荷した生乳の▽乳脂肪率▽乳タンパク▽細菌数▽体細胞数竏窒ネど、いくつかの成分、状態を調査し、それぞれランクを付ける。その中で各項目とも条件をクリアし、上質な生乳であることが認められれば出荷した乳量に見合った報奨金が出る。逆に下位ランクとなった場合は、酪農家が罰則金を支払わなければならない。
この生乳検査は、これまで各県ごとに行ってきたが、今年4月からは東海酪連の統一基準で行われる。上伊那農業協同組合(JA上伊那)に属する酒井さんの場合、組合内でも1、2位を争う生乳の品質を保持しており、今年の出荷量(43万700キロ)で来年度も同様の質を保てたとすると、額にして約135万円の報奨金が見込まれる。一方、乳質が悪い場合、出荷量が少なくても100万近い罰則金を払わなければならないケースもある。
酒井さんは言う。
「まずは乳の質を上げること。それが酪農家としての筋だと思うから。乳質を上げるには自分の意識が一番大切。『まあいいや』でやっていると、乳質も良くならない」
乳質、乳量を確保するため、酪農家の多くが値上がりを続けている配合飼料の量を減らせないのが現状だ。その対応を生産者努力だけに求めるのは限界にきており、各組合などで、酪農家の所得確保対策も進んでいる。
20縲・0代の若い後継者が多い伊那酪農業協同組合(桃沢明組合長)は昨年から、上伊那農業協同組合(宮下勝
義組合長)と協力し、伊那酪の組合員が飼育する乳用牛(ホルスタイン)に、子牛1頭当たりの販売単価が高い肉用牛「黒毛和種」の受精卵を移殖する取り組みを始めた。ホルスタインに生ませた黒毛の子牛は、JA上伊那の肉牛肥育農家や、木曽地域にある肉用牛の子牛市場に出荷し、販売する。これにより、酪農家の所得確保を図る狙いだ。
通常肉牛用の子牛を出荷する場合、8、9カ月は育てなければならないが、JA上伊那の肥育農家に直接出荷れば、その期間を短くすることができ、酪農家の労力軽減にもなる。一方の肥育農家も、子牛を早い段階で引き受けることにより、通常よりも安く黒毛和種の子牛を購入することができる。
一方で、受精卵移植の場合、受胎率が5、6割に留まることや、子牛の世話をしなければならないなど、リスクや手間も伴なう。
しかし、桃沢組合長は次のように語る。
「リスクは高いが(黒毛は)単価も高い。ホルスタインはお産をすれば乳が出るから、受精卵でも問題ない。組合自体、若い後継者が多い。脱落者を出さないためにも、経営を維持することが大切」
こうした取り組みは、これまでもJA上伊那が希望する酪農家を対象として実施してきたが、今後は一層強化したいと考えている。
JA上伊那がこの取り組みのもう一つの目的としているのが、肉牛部門の強化だ。
現在管内の肉牛農家が肥育している牛のほとんどは、ホルスタインに黒毛和種を人工授精させた交雑種。通称F1と呼ばれるこの牛は、比較的肉質が良いのに価格は安いため、輸入牛肉などに対抗できない。一方、純粋な黒毛(受精卵移植を含む)の場合、確実にF1より価格は良い。そのため、より価格の高い黒毛和種を管内の肥育農家に普及させ、販売力のある肉牛の肥育を進めたいと考えている。