農林漁家民宿おかあさん100選の一人に選ばれた 蔵の宿 みらい塾のおかみ
伊那市長谷黒河内
市ノ羽幸子さん(60)
あっという間の11年だったけど、やっぱり農家民宿を始めて良かった。自分の人生をも変えてしまうような素敵な出会いもたくさんあった竏秩B
人里離れた長谷の山奥で、ひときわ元気の良い声が聞こえてきたら、農家民宿「みら塾」のおかみ、その人に違いない。宿泊場所はリフォームした築130年の蔵の中。また、囲炉裏(いろり)のある築100年以上の木造母屋は、食事をしたり、ゆったりとくつろいだりする場所として開放している。何より、いつも変わらない笑顔と心配りで訪れる人を迎え入れてくれるおかみに会うため、ここを訪れる客人も少なくない。
「私がしていることは幸せを感じる心を育てるお手伝い。“幸せ”ってそこら中にあるけど、今は気付かない人が多いから。そうやっていろんな人と出会う中で、私が元気にならせてもらっているの」と笑顔を見せる。
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畜産農家に生まれ、大家族の中で育ったこともあり、人と接することが好きだった。また、新しいことも大好き。そのため、農山村ならではの保守的な地域性があるこの地へ嫁いできた時は「新しいことの大嫌いな村へ新しいこと好きの嫁さんが来た」と言われた。
「7人兄弟の長男だっていうから、周りからは『そりゃ大変だぜ』って言われた。けど、一目会ってみて『この人なら大丈夫』って感じたの」と語る。
嫁いでからも、兼業農家の嫁として、さまざまなことに挑戦。しかし、出る杭は打たれるもの。
「それこそ何回打たれたか知れないけど、ある時『あなたは毎日何かやっているからこそ、いろいろ言われる。何もしない人のことは誰も何も言われない。もっとやればいい』って言ってくれる人がいて『ああ、自分が道さえ外れなければやりたいことをやればいいんだ』って吹っ切れたの」
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農家民宿を始めよう、そう決断したのは、ここを訪れた人がもらした一言がきっかけだった。
こんな所で何も考えないで休みたいな竏秩B 都会で仕事に追われる毎日を送っているその人の言葉は、なぜか心に残った。
「その時、今は大人から子どもまでいろんな人が疲れているんだって実感した。そういう人たちには、田舎にある昔ながらの素朴な温かさが何よりも安らげるものなんじゃないかなって思えたの」と振り返る。
その後、家族も自分の考えに理解を示してくれ、早速民宿を始めることになった。まずは蔵や母屋を改装。昔ながらの家屋の良さは残したまま、宿泊したり食事できる空間を整えた。また、アドバイスを受けるため、隣村で農家民宿を営む女性のもとを訪れた。
そんな中、お客の受け入れを開始。最初は学生から始まり、一般客、小学生の山村留学なども訪れるようになる中で、少しずつ、「みらい塾」が形作られてきた。
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「心温まるもてなしをありがとうございました」「素敵な時間をありがとうございました」竏秩B訪れた人たちがノートに書き残してくれたさまざまなメッセージは、元気を与えてくれる何よりの宝物だ。
「点だった人と人が、ここでの出会いを通して線になり、今は面になってきている。そうやって人のつながりができていくのをここで見ていられるのは私にとってすごく幸せなこと。お金ではない豊かさが農山村にはいっぱいある。そういう時間をお客さんや仲間、家族と共有しながら、いろんな話ができる場として、できる限り長く続けていけたら」