伊那市の栄養教諭
駒ケ根市中沢
岩根美ゑ子さん(59)
学生の時、寝坊して朝のバスに乗り遅れそうになって「朝ご飯は食べない」と、家を出ようとした。しかし母は、玄関先まで朝ご飯を持ってきてくれた。そんな記憶がある。
「そういう家庭で育ったから、自分は朝食を食べないなんてあり得ない。でも今は、朝食を食べない子や、食べてもパンとジャム、ご飯とふりかけだけっていう子も多い。今の子どもたちは、食べ物が有り余っている中にあって、自分の体を守るためには何を食べたらいいのか分からないでいる。子どもたちには、こういう環境下で自分の体をどう守るかを伝えていくことが大切だと思っています」と語る。
伊那市立東部中学校の生徒や職員、約900人分の学校給食を預かる栄養職員。また、本年度からは伊那市の「栄養教諭」として、学校、家庭、地域における食育の推進に取り組んでいる。
学校栄養職員となって38年。食育の必要性はひしひしと感じてきたが、いざやるとなると、課題は山積している。当初栄養教諭に任命された時は「本当に自分で役割を果たしていけるのだろうか」と悩んだ。
しかし「大丈夫大丈夫、私たちもやるから」と仲間の栄養士16人が声をかけてくれた。
「それで自分も『よし、やってやろう』って思いが固まった。それにすごく助けられました」と振り返る。
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今年度は学校、家庭、地域における食育推進をテーマとし、3つの班に分かれて検討。自分はすべてに加わり、毎週のように開かれる各班の会議に奔走しながら、仲間とともに議論を重ねた。
その中で出てきたアイデアの一つが、母親たちに実際に学校給食の献立を考えてもらう試み。これまでも給食の試食会はしてきたが、成長期の子どもの食事を考える時、どんなことに配慮すればよいかを実際の献立の中で知ってもらおうと考えた。自身の所属する東部中では、母親数人と給食用の献立を作成し、試食会も実施した。
参加した母親たちからは「どうして学校給食にチーズやしらす干しが多いのか分かった」「子どもの好きなものだけでメニューを考えていてはだめなんだと思った」などといった声が寄せられた。
「子どもは大人よりも多くとらなければならない栄養素がいろいろあるけど、今はそのことを知らないお母さんも多い。今回の取り組みは、自分たちが普段、一生懸命作っている給食をPRする意味でも良かった」
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そのほかにも、さまざまな活動を展開したが、これまで単独で活動してきた栄養士たちが同じ方向を向き、食育に取り組めたのが何よりも良い時間になったと感じている。
一方で、食育の難しさも思い知った。
「実際の世間は、私たちが考えているほど食育が大切だとは考えていないの。食はちょっとおろそかにしても、今日明日困るわけじゃない。すぐ結果が出ない分、意識がなかなかそっちに向きにくいみたい。でも、お母さんたちには朝ご飯を食べた時、食べない時の子どものちょっとした違いを敏感に感じ取ってほしい」と訴える。
今後は、子どもに直接指導する時間を増やしたいと考えいる。
「できるだけ地域の食材を使った体に優しい食事、バランスの取れた食事のとり方を学ぶ中で、中学を卒業するころまでには自分の体を守る術を身に付けてほしい。自分の目指す道が、健康面で閉ざされてしまうようなことがあってはかわいそう。そう考えると、燃えちゃうんだよね」