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伊那谷に輝いた化学工業の光【I】
-人間尊重の経営哲学
大明化学工業(株) 取締役相談役
池上房男さん(92歳)

伊那毎日新聞社創刊50周年企画
伝承 上伊那経済の牽引者たち

伊那谷に輝いた化学工業の光【I】<br>-人間尊重の経営哲学<br>大明化学工業(株) 取締役相談役<br>池上房男さん(92歳)

 南箕輪村、JR北殿駅の近くに本社を構える大明化学工業は、伊那谷だけでなく長野県でも数少ない化学製品を製造する会社だ。
水道水を浄化するためのポリ塩化アルミニウム「タイパック」。食品添加物用のミョウバン。ファインセラミックスの原料であるアルミナ粉体-こうした現代生活には欠かせない化学製品で、比類ないトップシェアを誇るだけでなく、品質管理・労働衛生管理などの面で、幾多の賞に輝く。
 現在、同社取締役相談役の池上房男さんは、1946(昭和21)年の創業以来、先頭で経営にあたり、その理念・手腕は高く評価されている。従業員の健康と生活を徹底して重視するその姿勢は、上伊那どころか、日本の経済産業界に「この人あり」と言われて久しく、「師」と仰ぐ経営者も多い。
その池上さんに焦点をあてた。
【毛賀沢明宏】

目的と手段を取り違えないように

伊那谷に輝いた化学工業の光【I】<br>-人間尊重の経営哲学<br>大明化学工業(株) 取締役相談役<br>池上房男さん(92歳)

 「私の経営哲学は、強いて言えば、会社の経営にあたって、目的と手段を取り違えない-ということです。このことだけを心がけて来たと言っても言いすぎでないと思うのですよ」
 池上さんは92歳の年齢を感じさせないハリのある声で話しはじめた。
 企業経営の目的は「人間のためになること」であり、この目的を果たすための手段が、「企業としての適正収益を上げること」なのだという。
 企業は収益を上げなければ存続できない。しかし、それが目的であるかのように取り違えると、その企業は「根本から狂ってしまう」と確信している。
 池上さんが育て上げてきた大明化学工業はアルミニウムに関連する特定の化学製品の分野で、高品質の製品を提供することで有名だ。戦後間もない時期に、既に研究開発を重視し、品質管理の現代的思想を取り入れた点。納税義務をキチンと果たしてきている点。そして、従業員の雇用を守り、福利厚生を大切にした点-これらの優れた諸特質の総和として、創業以来58年間にわたり黒字経営を続けてきたという輝かしい実績もある。
 だが、これは利益を上げることを目的としてなしてきたことではなく、「人間のためになる」ことを目指してきたからこそ可能になったことだ-というのである。
●大企業が造らぬ製品を大企業に勝る高品質で
 池上さんは、地方の中小企業が存続する秘訣は、「需要が少なくて大企業には量的な魅力がない製品を、大企業に勝る品質で製造・提供することだ」と語る。
 このことで市場の占拠率(シェア)のアップがもたらされ、企業収益は向上する。さらに、同一の原料で、用途が異なる製品を開発して事業化すれば、地方の中小企業といえども安定した経営を永続化できる-というのが持論だ。
 実際、大明化学工業の事業展開は、この言葉通りだ。
 基本製品は、アルミニウムの元である白土を使用した、用途のまったく異なる3種類。
 1つは、水道水の浄化剤。最初は東京都が使用し、現在では長野県をはじめ全国ほとんどの地区で使用している。初めは硫酸アルミニウムだったが、現在では同社が開発したポリ塩化アルミニウム「タイパック」が主流。全国シェア13%を誇る。
 2つめは、パンの膨張剤などに使用されるミョウバンで、これは現在85%のシェア。日本全国のどこのパン屋のパンでも、じつはそのほとんどが伊那谷製のミョウバンを使っているという状態だ。
 3つめは、現在は絵具やクレヨンの体質顔料として使用されているアルミナホワイトと呼ばれる製品で、これも90%ほどのシェアだ。もともとは印刷インキの展色剤や増量剤として使用されたもので、同社が特許を持っていた。既に特許期限は切れたが、インキへの利用が別のものに変わったこともあり、依然として高いシェアを保っている。
 このほか、医薬品の原料や、ファインセラミックスの原料なども製造している。
 だが、こうした製品の製造に着手したのは、先にも紹介したように、企業収益を追い求めてのことではない。
 社会的に必要とされるが、大企業には量が少なくて魅力を感じられない製品を、社会に供給するため。そのために開発・製造してきたのである。人間のため、社会のため役に立つ製品を提供する-ここに目的があるからこそ、「大企業に勝る品質で」という品質目標と、そこにかける誇りが生まれるのであろう。

いち早い研究所創設と品質管理の導入

伊那谷に輝いた化学工業の光【I】<br>-人間尊重の経営哲学<br>大明化学工業(株) 取締役相談役<br>池上房男さん(92歳)

 大明化学工業では、終戦後間もない1950(昭和25)年に、製品開発のための研究所を創設している。当初の研究員は3人だったが、長野県内でも需要のある・付加価値性の高い製品を開発することをめざすとともに、特許を取得してその技術を防衛しようという意図だった。
 同社は現在156人の従業員の内、技術開発系が39人を占める典型的な自主技術開発型企業だが、その原型は、既に会社設立直後に形づくられていたのである。
 それだけではない。
 同社では翌年の1951(昭和26)年に、当時伊那谷では言葉も聞いたことがなかったといわれる「品質管理」の発想と手法を導入しているのだ。
 「当時長野県では、科学的経営管理の書物はなかなか手に入りませんでね。勉強するのに苦労しましたよ」
 池上さんは、何気なさそうに言う。
 だが、「QC」とか、「IE」「OR」などという経営・品質管理の現代的カテゴリーを、戦後10年を経ずして、この伊那谷で駆使していたということ自体が、じつに驚くべきことではないだろうか。そして、それを「独学」で学んだ努力はまさに敬服に値するものではないだろうか。
※注、「QC」=クオリティ・コントロール/品質を一定のものにするための様々な科学的管理。「IE」=インダストリアル・エンジニアリング/企業経営・生産管理を数学や自然科学などの手法を用いて行うこと。「OR」=オペレーションズリサーチ/資源を有効活用して最大限の効果を引き出す科学的手法。
●雇用確保・自主性重視の従業員管理
 「品質管理」の導入にあたっては、同時に人間養成の重要性を、その当初から強調してもいる。
 「これを読んでみてください」
 池上さんは分厚いスクラップブックから数枚のコピーを取り出した。社長就任後間もない1962(昭和37)年2月、前年のJIS表示優良工場表彰受賞を機に、日本規格協会発行の「標準化」に掲載した文章だ。
 そこには次のように記されている。
 「品質管理・標準化の導入は」、「従業員を1日も早くその仕事の技能者にするため」であるが、「作業の標準化、単純化、専門化は…人としての自由意志や裁量を抑えて、規律正しく機械的活動を繰り返すことが多くなる結果、…未来への欲望が提案なり意見なりとして現れてくる機会が少なくなり、熟練者の自信と古参者のプライドが新しい思想に溶け込めず、人間関係を阻害することがまぬがれない」。だから、「教育養成は機会を惜しまず行い」、従業員の「自ら求めていく力」を養う必要があるのだ-と。
 これは昭和37年の文章である。企業内合理化にともなう現場労働者の精神的・肉体的疎外の強まりが社会的問題になり、「メンタルヘルス」などが社会的に注目されるようになったのは1970年代の後半だったが、そのおよそ15~20年前に、こうしたことがらを指摘しているのである。
 池上さんが、こうした指摘をなしえた根拠は、冒頭に触れたように、「企業の真の目的は人間のためだ」という経営哲学であった。「人間のためにある企業が、その手段である収益を得るために、人間をおろそかにしてはならない」という信念であった。
 事実、その後も池上さんは、「従業員の自主性こそが重要で、そのためにはタイムレコードに管理されるような人間になってはならない」とタイムレコーダーを設置しなかったり、
 従業員の定年年齢を引き上げるだけでなく、定年後も働けるように、伊那市ますみケ丘に苗木育成のグリーンセンターを設立するプランを生み出すなど、ユニークな従業員管理策を打ち出した。いち早く「雇用を守る」という公約を打ち出したのも池上さんである。
 こうした従業員管理策に対して、「それは天国経営だ」との揶揄(やゆ)する声もあったそうだ。だが、池上さんは言う。「私は、当たり前のことを言っただけ。さまざまな事情で実現できなかったこともあるけれど、今も間違っていたとは思っていません」-と。

技術開発型企業を支える財務方針

伊那谷に輝いた化学工業の光【I】<br>-人間尊重の経営哲学<br>大明化学工業(株) 取締役相談役<br>池上房男さん(92歳)

 こうした技術開発・品質管理・人材育成を支えるためには、それにふさわしい財務方針がなくてはならない。
 大明化学工業では、企業として絶対上げなければならない利益額を決めている。「最低限界企業適正利益」と呼ばれるものだが、現在では、総資本の6%・1人あたり80万円・純利益の2分の1の内部留保、の中から一番高い金額を採ることにされている。最高目標は売上高の8%だ。
この最低限界企業適正利益を毎年確保し続けることで会社の自己資本を充実させ、新たな技術開発などに資金をつぎ込みながらも債務をつくらない「無借金経営」を続けてきたのである。
 それだけではない。 同社では、「利益三分法」と呼ばれる財務方針もあり、会社の利益がこの最低限界企業適正利益を超えた場合には、その3分の1を利益賞与として従業員に配布することにしている。このことで従業員のモチベーションも上がり、定着率も高まるのだという。
 この財務方針について池上さんは次のように説明する。
 「企業の財務内容はすべて貸借対照表に表われるが、じつはそれに表われない資産作りが一番大切なのです。それは、技術力と人間=従業員の質であり、自分の会社で育てた従業員の定着率を上げることが、それに大きく関わってくるのです」と。
 会社の真の力は、従業員とその技術であって、それを育成するためには必要な経費をつぎ込むと同時に、そうして育てた従業員をしっかり定着させることこそが、財務方針の根幹に据えられなければならないというわけだ。
 「企業の目的は人間のため」-この経営哲学を掲げる池上さんならではのものではないか。
 ◇ ◇ ◇
 先に紹介した1962年発行の「標準化」掲載の文章に、次のような展開がある。
 「中小企業というと経営者も従業員も二流であり、設備も悪く製品も劣るというように、自分自体も、また見る人も考えがちであるが……それは誤り」だ。「技術と知恵を商品として世界市場に対等な競争に出るべき」日本では、「中小企業の負うべきところが非常に大きい」。だからこそ「企業に特色を持ち、基盤をつくること」、この「基盤の上に革新的意識を持って新規開拓をなし、自己の実力を見ながら企業の成長を計ること」が、中小企業の経営方針であるべきだ-と。
 今日、伊那谷に限らず日本の各地で、従来その地域の製造業を牽引してきていた大手メーカーが生産拠点を海外に移転する事態が続いている。そして、それまではその協力会社として経営を維持してきた中小企業が、おしなべて新たな展開を求められている。この状況下で唱えられている主張の骨格は、まさに、いま紹介した池上さんの主張そのものではないだろうか。
 伊那谷が日本に誇る優良企業=大明化学工業を創り上げた池上さんの経営哲学の一端を見てきた。だが、このような経営哲学はどのようにして池上さんの中に発酵してきたのだろうか?連載「下」では、池上さんの生い立ちにさかのぼって、その秘密に迫ってみたい。(つづく)

大明化学工業会社概要

伊那谷に輝いた化学工業の光【I】<br>-人間尊重の経営哲学<br>大明化学工業(株) 取締役相談役<br>池上房男さん(92歳)

■大明化学工業株式会社プロフィール
□本社:長野県上伊那郡南箕輪村3685-2
□設立昭和21年(1946年)
□資本金9000万円
□代表取締役社長宮沢琢磨氏
□従業員156人
□TEL0265(72)4151
□URL:http://www.taimei‐chem.co.jp
アルミニウムを中心にした無機化学に関連する自主技術開発企業。技術的には大企業でも開発が難しい専門的な分野をターゲットに、特殊製品の創造・開発を進める。大学や工業試験場との共同研究も数多い。現在の主要製品は、食品添加物などの原料になるカリ・アンモニウムミョウバン。水道水の浄化剤などに使用される硫酸アルミニウムとポリ塩化アルミニウム。セラミックスの原料になる高純度易焼粘性アルミナ。医薬品や化粧品に使用される高純度ポリ塩化アルミニウム。金型仕上げ研磨に活用されるアルミナ繊維とそれを使用した研磨ツール-など。近年、化粧品の「天使の美肌」シリーズも開発・製造する。

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