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伊那谷に輝いた化学工業の光【IV】
-「同時に2つの道を選べないのが人間の救い」
大明化学工業(株)
取締役相談役
池上房男さん(92歳)

伊那毎日新聞社創刊50周年企画
伝承 上伊那経済の牽引者たち

伊那谷に輝いた化学工業の光【IV】<br>-「同時に2つの道を選べないのが人間の救い」<br>大明化学工業(株)<br>取締役相談役<br>池上房男さん(92歳)

大明化学工業の現相談役・池上房男さん(92歳)の特集後編-その2。

生活の中で学んだ「自己責任」-母の思い出

伊那谷に輝いた化学工業の光【IV】<br>-「同時に2つの道を選べないのが人間の救い」<br>大明化学工業(株)<br>取締役相談役<br>池上房男さん(92歳)

 「自殺やニートなど若者の問題が多くなりましたが、私は、それは家庭の問題だと思うのですよ」
 池上さんはそう強調する。家庭で親、特に母親が、子どもに何を・どう教えるか?ここに社会人の自己責任の源があるとの考えだ。
 自己の体験にもとづく。現在の高遠町長藤で4人兄弟の末っ子に生まれた池上さんは、母・故とみさんから「自己責任」を学んだ。
 生家は農家。小学3年生の時には既に専用の竹かごを渡され、責任を持って蚕の面倒を見るように言われたという。
 田んぼの水見も責任を持たされた。ある日のこと、遊びに熱中して水見を忘れた池上少年は、暗くなってからそれを思い出した。街灯ひとつない山奥の村。幼い池上少年は漆黒の闇が怖くてたまらす、泣いて行くのを嫌がった。当然にも母の叱責。
 あまりに怖がる弟を見かねた兄が「一緒に行ってやるよ」と持ちかけ、池上少年はようやく出かける気になりかけた。だが、とみさんは、断じてそれを許さず、1人で自分の仕事を果たすことを命じたと言う。
 何かに襲われるかのような恐怖。暗闇の中を田んぼまで泣きながら走り、戻った。心配して村はずれまで迎えに来ていたとみさんは言った。「お前、何で泣いたか考えろ」と。
 やがて成長し、長野で寄宿舎生活を送るようになって、池上さんはその日のことなどを思い出し、「母は自己責任ということを教えたかったのだな」としみじみかみしめたという。
 「こんなこともありましたよ」
 旧制長野工業学校の受験を控えたある日。家に帰ると、2人の銀行員が借金の取り立てに来ていた。当時長藤村の助役をしていた父・勇太郎さんが、頼まれて保証人に名を連ねた企業が倒産したのだった。隣室でその話を聞いた池上少年が進学を断念すると申し出ると、「この借金はお父さんが道楽をしたものではなく、人の保証をしたものだから心配するな。いくら借金取りでも人の命まで持っていくことはできない。金に使われる人間になってはならぬ。金は人間が使うものだ。お前は勉強して、他人に盗られない物、つまり信用・知恵・力を身につけろ」と言って、進学を強く勧めたという。
 「誠実を信条として信頼される企業たること」「良品の生産を通じて社会に奉仕する企業たること」「人材の育成に努めよき社会人を育くむ企業たること」-池上さんが掲げた現在の大明化学工業の「社是」は、この時の母・とみさんの言葉を思い出して決めたものなのだそうだ。
 池上さんは現在でもとみさんの遺髪と爪をお守りとして肌身はなさず所持している。そして、「私は何をしなければならないか」が問われる瞬間には、いつもそのお守りに手を添えて、乾坤一擲の決断を下すのだという。

ミツバチに学ぶ経営学
-危機管理とは何か?

 池上さんの趣味はミツバチの飼育。養蜂だ。1947(昭和22)年に飼い始めてから、59年間になる。飼育し観察するうちにミツバチから様々な示唆を受けたが、特にその「危機管理」には学ぶべきものが多かったという。
 秋、蜜が取れる花の時期を過ぎると、女王蜂は産卵を制限する。それでも越冬に必要な蜂蜜が足りない場合には、産んだ卵や幼虫、さらに雄蜂や傷ついた働き蜂を巣の外に排除して、一族を守る。
 また、外敵に対しても働き蜂はまさに自己犠牲的に戦う。ミツバチはスズメバチなど他の蜂と違い、敵にハリを刺すとハリが体から取れてしまい、その蜂は数日中に死んでしまう。だが、一朝ことあれば、働き蜂は次々と外敵にハリを刺して死んでいくのである。
 天敵スズメバチが襲ってきた時も、相手が1匹位なら、大量の働蜂が玉のようにそれを包み込んで一斉に熱を発し、およそ46度以上にしてスズメバチを熱死させてしまう。しかし、数匹襲ってきたような場合には、次々とかみ殺されて死骸の山になるそうだ。
 池上さんは、このようなミツバチ、特に働き蜂の姿を見て、種族の永続と繁栄のために、自己の任務を果たすもののけなげさ、美しさを感じるという。

「観る」、「察る」
-物のみかたと考え方

▽瞥る=ちらりと見る。目の前をちらつく
▽見る=目で見る、見物する、自然に見る
▽視る=注意して見る、気をつけて見る
▽看る=よく見る、見つめる、手をかざして見る
▽観る=見ようと意識して見る、注意して見る、念を入れて見る
▽察る=よく見る、調べて見る、裏まで見る
-池上さんが「物の『みかた』」と題して話す時、区別する「みかた」だ。このうち「重要」とするのは「観る」と「察る」。注意し、意識し、見ようとして見るときにはじめて、「見えないものも見えてくる。そして考えることが大切だ」と話す。
大明化学工業相談役・池上房男さんの特集はこれで終了します。

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