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戦争とともに100年

伊那中事件生存者小坂さん死去

戦争とともに100年

1929年、昭和4年に当事の伊那中、今の伊那北高校で起きた伊那中事件の最後の生存者だった伊那市西箕輪の小坂光春さんが7月31日に亡くなり、3日葬儀が執り行われました。
伊那市西箕輪中条の小坂光春さんは、7月31日、老衰のため亡くなりました。
100歳でした。
伊那中事件は、昭和恐慌に入り、戦争の色が日増しに濃くなっていった1929年、昭和4年に当事の伊那中、現在の伊那北高校で起きました。
反戦平和を求め反戦ビラを印刷したとして10人が退学させられました。
そのうち9人は、すでに他界していましたが、当事中学5年だった小坂さんは、唯一残る生存者でした。
この日行われた葬儀では、親族や関係者が、小坂さんの冥福を祈りました。
伊那市議会議員の前沢啓子さんは、伊那中事件に触れ「小坂さんは、初心を貫き通した」と弔辞を読み上げました。
宮田村の唐木達雄さん。
中学校の教員時代、伊那中事件を知った唐木さんは、小坂さんに復学の申請を再三にわたり薦めてきました。
唐木さんは、「伊那北高校が名実ともに平和への取り組みを進めるならば、伊那中事件を解決しなければならない」と話しています。
当事の中学5年生は、今は高校生の年齢です。
小坂さんが、退学になったビラの内容です。
「政府が彼らの利益のみを目的として、満州等を植民地にするために労働者、農民、一般市民を戦争に送り、鉄砲弾の的とする帝国主義戦争には反対だ」
広島、長崎に原爆が投下され67年。
15日は、終戦記念日を迎えます。

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