新春・経済対談
06年、伊那谷商工業の行方を探る【上】
【出席者】
■伊那商工会議所会頭 向山公人さん
■駒ヶ根商工会議所会頭 渋谷敦士さん
□司会・毛賀沢明宏
06年新春を迎えた。05年下半期は、全国的な「不況からの脱却の兆し」が、ようやく伊那谷にも影響を与え始めたかに見えた。好調な自動車関連産業が全体を牽引し、デジタルカメラの生産調整で失速していた電子光学関係も、息を吹き返してきたという。
こうして迎えた新年。権兵衛トンネル道路の開通と広域合併による新伊那市の誕生という大きな変化の中で、地元経済はどのような展開を見せるか?
伊那商工会議所向山公人会頭と、駒ヶ根商工会議所渋谷敦士会頭に、06年の展望と課題を語り合っていただいた。
マクロ経済は「景気回復の兆し」
司会 新年明けましておめでとうございます。06年の上伊那の経済・産業を語るということで、まず、全国的な経済動向について、考えていることをお願いします。
渋谷 明けましておめでとうございます。駒ヶ根商工会議所の渋谷です。景気動向はマクロ的には「回復の兆し」が見えてきました。05年の景気動向一致指数竏柱i気の上向き度を見る指数。50%を超えると上向きと言われる竏窒ヘ、8月から11月まで連続して50%を超え、10月には88・9%を示しました。すべての項目で前年を上回っており、企業部分の堅調さが増していることが数字に表われています。日銀の短観でも県内企業で「景気が良い」とする企業割合が増えてきた。製造業の好調さが全体に波及してきています。
向山 新年、おめでとうございます。伊那商工会議所の向山です。今年もよろしくお願いします。景気回復の様相がようやく見えてきたなと感じています。渋谷さんは専門家だからお聞きしたいが、国や日銀はかなり前に「回復の兆し」を発表し、私たちの実感とはそうとう食い違っているなと感じました。専門家の目でみると、どのくらい食い違っていましたか?
渋谷 そうですね、国は02年頃から「兆しが出てきた」などと言っていましたが、実際に経済界でその兆候が指摘されはじめたのは03年です。しかし、その時にはまだ指標においても実感においても顕著ではなく、04年年頭でもまだデフレの真っ最中という状態でした。05年になってようやく、少し回復してきたと言うことではないでしょうか?
上伊那でも回復傾向はうかがえるが……
司会 上伊那の産業界ではどうでしょうか?
渋谷 上伊那は産業別に見て売上高の約6割を製造業が占める、製造業のウェイトが高い地域ですが、この分野での設備投資が伸びて来ています。これは景気回復の兆候と言えるでしょう。05年は一時的にデジタル関係が落ち込んだが、年末には盛り返してきた。自動車関連が好調で、これが地域経済を引っ張った。有効求人倍率も1・3縲・・4倍で推移している。企業の支出も多くなり、賃金も安定定的だ。これは商店にも良い影響を与えはじめており、マクロ経済の動きは上伊那にも普及してきたと言えるでしょう。
向山 データ的にはおっしゃる通りだが、全体的に見ると大手というか、力があるところが、引っ張り上げたということではないですか?地場の中小企業は、「回復」というよりも、「なんとか持ちこたえた」「ちょっと息継ぎができるかな」竏窒ニいう実感ではないでしょうか。この間の様子を見ていると、上伊那の中小製造業はけっこう底力があるなと思う。諏訪では事業から撤退する企業が少なからず出たが、上伊那は全体として持ちこたえた。こう言ってはなんだが、意外と力強い。ただ、石油の高騰などがありまだ不透明だ。大手が、下請けに出していた仕事を自社内部で済ませようという動きもある。それに政府の増税策などが、中小企業の足かせにならないかと心配しているんです。
渋谷 そうですね。企業ごとの格差があり、末端の中小企業では、まだ水面に出られないところもありますね。だからなるべく長く回復基調が続いて欲しい。いま指摘された大手企業の傾向との関係で言えば、この地域は下請けが多いから、よほどの高い技術、特徴のある技術を持たないと、中小企業はまだまだ大変だと思います。ただし、管内の電力使用料や中央自動車道のインター利用台数などは確実に増えている。地域の産業が全体として活性化しているわけです。個人住宅着工件数も、昨年より伸びている。そういう点では、良い方向に向かう要因が多い。
向山 電子の関係は05年に少し調子が悪かったですよね。でも、06年は4月にNHKが、10月には民放が、地上波デジタル放送を始めます。これは、電子関係製造業に追い風になるのではないでしょうか。あと、この頃注意して見ているのは、管内で全国トップクラスのシェアを誇る業種です。かんてん、みそ、花、小型モーター、あとギターとかミシン針とか、思いがけないほどトップシェアを誇る会社があるんですよ。こういう所を大切にしないといけない。
渋谷 平成16年の数値だと、上伊那は製造業が約9500億円、商業が4200億円、農業が2000億円で、合計約1兆6千億円位の売上高です。運輸サービス業の数字は含んでいないが、およそこれ位の経済圏だから、製造業が着実に歩めば、大きな力になると思いますね。
伊那竏猪リ曽、一体的経済圏づくりへ
司会 06年の上伊那経済を展望すると、権兵衛トンネル道路の開通は大きな変化をもたらすのではないかと思いますが、その点についてはいかがですか?
向山 伊那と木曽が短時間で結ばれるのだから、良かれ悪しかれ変化を与えるのは間違いない。工業部門で直接どういう影響があるかは良く見えないところもあるが、雇用の拡大、木曽の良い人材を求められるということはある。商業では商圏が大幅に広がるわけだから、大きな魅力です。でもこれは、木曽側では「客を取られる」という不安になっている。最大のメリットは木曽の救急医療に大きな貢献があるということ。開通後は隣人になるが、それぞれ伊那は伊那の特徴や個性を活かした「街づくり」、木曽は木曽の「街づくり」を進め、それが連携することが観光的には大切だと思います。伊那と木曽は違う。それぞれの良いところを活かし、連携をとって外に売り出すことが重要でしょうね。
渋谷 その通りですね。トンネル開通で、45分から1時間で木曽のたいがいのところに行けるようになる。この変化は大きい。指摘された医療のこと、それに商工業の交流や人的交流をどう進めるかが問題になってきますが、これからは伊那と木曽を一体的経済圏として考えることが必要になってくると思っています。
司会 一体的経済圏とはどういうことですか?
渋谷 木曽は3町3村で人口が3万4千人。上伊那は19万5千人。人口規模から考えると、上伊那側にはそう大きな経済効果は期待できない。だが、木曽には、御岳・開田高原・妻籠・馬篭など観光地があり、外から人が入ってくる。だから伊那を木曽への通り道と考えず、一体的経済圏ととらえて、外から来る人を駒ヶ根や伊那に周遊させることを考えないといけない。人的交流、食や産品の取引きは必ず起こりますよ。上伊那から言えば労働力市場を木曽に求めたり、木曽地域に企業進出したりということもあるでしょう。トンネルが開いたら、伊那市や駒ヶ根市が中心になり、一体的経済圏が出来るよう、木曽側市町村に積極的に対応しないといけないでしょうね。
向山 そうですね。渋谷会頭に相談しようと思っていたんですが、伊那と駒ヶ根の商工会議所が中心になり、上伊那の他の商工会にも働きかけて、みんなでそろって木曽を視察に行く必要があるんじゃないでしょう?木曽側の商工業者と本音で懇談しなくちゃいけない。トンネルが開くというのは歴史的できごとで、これを機に伊那と木曽の観光をネットワーク化し、広域観光を進めるべきだと思っているんです。商工団体の垣根を越えて、木曽と伊那は1つだという考え方で、共通する所から協力して連携をとっていく。まず上伊那からそういう動きを出さないといけない。
渋谷 ポイントになるのは、伊那側出口にどのような観光スポットを作るかでしょうね。伊那市が作ると言っているが…。それに高遠の桜、長谷の山並みをどう活かすか。一方で、既に観光地になっているかんてんぱぱガーデンや養命酒駒ヶ根工場・早太郎温泉・東伊那のシルクミュージアムの活用。いずれにせよ、周遊ルートにしておかないといけない。
向山 じつは私は、権兵衛道路開通を機に、長野県の南の玄関口構想というのを考えているんです。JR中央西線の特急が止まる木曽福島。そして中央道の通る伊那。これが45分ほどでつながれば、首都圏・中京圏に向けて開いた立派な玄関口ですよ。長野や松本は都市化した玄関口だ。天竜川・木曽川とアルプスに囲まれた最も信州らしい玄関口として、売り出していくべきではないかと思っているんです。(続く)