【権兵衛開通日特集1】伊那・木曽ひとつに
新しい風
江戸時代、古畑権兵衛が切り開いた伊那谷と木曽谷を結ぶ権兵衛峠が、300年余の時を経て、4日、生まれ変わる。中央アルプスに隔てられた伊那と木曽の時間、距離は大幅に短縮。生活や文化、産業で、新たな交流が生まれようとしている。
ループ橋眺めて竏猪怺エ
木曽側の国道361号沿い。新しくできたループ橋近くの古畑勝久さん(65)方は、妻のみさ江さん(63)が権兵衛の子孫に当たる。
父親の勝次郎さんは、00(平成12)年に、93歳で他界。みさ江さんは「父は無口な人で、権兵衛さんのことはそれほど詳しく聞かせてもらえなかった」と話しながらも、「あれだけの道を切り開くことを思い立ったくらいなので、頑固な人だったと聞く。岐阜県の出身で、木曽では馬宿を営みながら山師の仕事をし、庄屋としても力を持っていたようだ」と教えてくれた。
木曽町内で石材店を営む勝久さんは、昨年6月、自宅近くに、祖先の偉業をたたえる、開通記念の石碑を自費で建てた。権兵衛トンネルの計画が決まった10年前から、ずっと考えてきたことだ。木曽側のトンネル入り口に飯田木曽路会が建てた記念碑も、勝久さんが手掛けた。
みさ江さんは、開通を楽しみに、ループ橋の工事の様子を、毎日眺めていた勝次郎さんのことを思い出す。「この日を待ち望んでいただけに、見せてあげられないのが残念」。開通当日は、勝久さんが式典に出席し、みさ江さんは勝次郎さんの仏前に報告するという。
伊那竏猪リ曽間
90分が45分に短縮
国道361号は、高遠町竏猪リ曽竏抽血ァ高山市をつなぐ延長約152キロの幹線道路。4日開通するのは、伊那市与地から塩尻市奈良井の姥神トンネル出口までの9・9キロだ。
この区間はこれまで、権兵衛峠が自動車通行ができないため、林道経ヶ岳線を国道に編入して通行を確保してきたが、急勾配・急カーブの連続で、落石や崩落が多く、冬場は雪と凍結で長期間通行止めになってきた(04年秋以降は台風被害で通年通行止め)。それが、時速60縲・0キロでの走行に対応できる高規格道路に生まれ変わる。
伊那市中心街から木曽町福島の中心街までは約45分で結ばれ、これまで塩尻IC経緯で1時間30分かかっていた両地域の交通は大幅に改善される。9・9キロの総事業費は約605億円。
国道361号整備のうち伊那竏猪リ曽間は、延長約20キロの伊那竏猪リ曽連絡道路として計画されいる。竜東から権兵衛トンネルに道をつなぎ、中アを抜け、その先の姥神トンネルから木曽町へは、現道とは別にバイパスを新設する計画だ。
今回の開通により、この計画のうち、権兵衛峠道路7・6キロと、姥神峠道路4・6キロの合計12・2キロが完成する。残された与地から竜東までの区間は、伊那ICアクセス道路を国道153号線まで延長する御園橋の工事が進んでいるとはいえ、天竜川から先が実質的に手付かず。竜東を走る予定の国道153号伊那バイパスのルート選定が遅れていることも影響している。一方、姥神トンネルから木曽町までの新バイパスも計画段階で、現道の整備で対応している。
広がる交流竏抽咜メと課題
中央アルプスを通り抜ける通年通行が可能な道路ができることにより、伊那竏猪リ曽の人・物・文化の交流は一挙に拡大する。
■国道19号混雑緩和、救急医療の整備
権兵衛トンネル道路は、木曽を通る大動脈・国道19号の迂回路としての利用価値が大きい。木曽町以北で事故や災害のため不通になった際の逃げ道としてだけでなく、中央高速や有賀峠を利用して首都圏や山梨県方面へ所要時間が短縮されることから、国道19号を通過する大型車輌の一部が伊那に回ることも予想される。通過車輌に悩まされ続けてきた木曽の人の期待は大きい。
伊那地区への往復も容易になり、高速道路のインターチェンジに1時間以内でたどり着く地域が、現在の45%から90%に拡大することから、木曽地域住民の交通の利便性は向上する。伊那中央病院、昭和伊南病院に60分以内に到着できる地域も広がり、木曽側の救急医療体制の整備にも大きな役割を果たす。
■商圏・生活圏拡大、一体的観光開発推進
産業経済的には、伊那側では商圏・通勤圏の拡大に期待を寄せる声が多く、木曽地域を対象にした、大型店の集客を狙った宣伝や、製造業などの求人が急速に増えている。これに対して木曽側では、生活の利便性の向上や、若年層の勤務先確保の観点から歓迎する声もある一方、木曽の商工業の衰退や人口流出に対する不安も広がっている。
観光面では、日本有数の観光資源を有する木曽側が、伊那だけでなく、中央道でつながる首都圏からの誘客に積極的に動き始めており、高遠の桜などもセットにした木曽の宣伝を始めている。これに対して伊那側の動きは総じて鈍く、宿泊施設やバス会社などが、伊那側の客を対象にして、木曽の観光地をめぐるパックツアーなどを募集し始めた程度。首都圏・中京圏からの観光客の動向については、「伊那が木曽観光に付随した通過点にならないか」との不安の声も多い。
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こうした住民のさまざまな期待と不安を抱えたまま、権兵衛トンネルは開通する。行政や商工団体は、伊那と木曽の「広域的地域振興」を提唱するが、これが両地域のバランスの取れた発展につながるか?今後の交流と議論にかかっている。
トンネル非常体制
木曽側でコントロール
権兵衛トンネルは全長4キロを超える長大トンネル。トンネル内で事故や災害が発生した場合には、坑内に設置された監視カメラで道路管理者の県木曽建設事務所に情報が集中し、ここから構内の放送・トンネルラジオやトンネル外の情報版に状況と指示が表示される。伊那建設事務所などにも連絡される。
トンネル内の火災報知器や非常用通報ボタンは木曽消防署へ、非常用電話は伊那と木曽の消防署・警察署につながる。トンネル内緊急時に備え、工事の際の水抜き坑が避難坑として使われる。