就農10年、田畑と虫を見つめ続けて
伊那市西箕輪吹上 農業 瀧沢郁雄さん
「晴耕雨読の生活をしたいんですけどね…」
「見てください。マメシジミって小さな貝なんです。自分の田んぼで始めて見つけたんですよ」
伊那市西箕輪吹上。築100年にもなろうかという古い農家造りの家で、顕微鏡を差し出して語り始めた。身近にある素材を生かした「有機農法」を営むかたわら、水田や畑に集まる小動物の観察を続ける「ひと・むし・たんぼの会」のメンバーだ。
自身では1町2反(1万2000平方メートル)の畑で露地野菜をつくり、3反(3000平方メートル)の水田で米を作る。土地は基本的に借地。毎週1回約40人の顧客に野菜を詰めて発送する。顧客との間で結んだ栽培契約が収入源。顧客は、県内の茅野市から飯島町までの間に約3分の1、残りは名古屋・東京だという。
「10年やって、理解あるお客さんにも恵まれ、ようやく形が出来てきたという感じですかね。まだ独り者なので、なんとか、食べていかれるぐらいにはなって来ました」
「まだまだいろいろ悩んでいるんですよ」と言うが、水田を増やし、家畜を何頭か飼育して、その糞尿を肥料に利用する「有畜複合経営」に踏み出すことが当面の目標だ。ともに働き暮らす、パートナーを見つけることも。
茨城県ひたちなか市出身。信大農学部森林科学科を卒業後、1年間、埼玉県小川町の農家に住み込みで有機農法を修行した。どこで就農するか迷ったが、信大卒で同じような志向を持つ先輩農家が多い伊那を選んだ。
「大学を出る頃には社会的にいろいろな問題があり、会社員は会社の利益のためにはなんでもしなければならないし、する存在に思えた。そういうのは嫌だったんですよ」とふり返る。
農業に強く惹かれたのは、修業先の農家で最初にキャベツを育てた時。水やりや換気など、「人には億劫だ思われることが、自分はキャベツの命のために働けて楽しいと感じている」と気付いた時だったという。
当然のように、就農してからも田畑の虫や小動物の命を大切にしてきた。農薬は極力使わず、生態系の豊かな田畑を作ることをめざした。田で見つけた蝶を写真に取り、畑で目にしたヘビのことを文章にして、顧客に送る通信にまとめてきた。
その甲斐あってか、04年から自身の水田にイトミミズが大量発生。イトミミズは土を食べ糞として排泄するが、その糞が大量に堆積して雑草の芽を覆い尽くし、除草剤は何も蒔いていないのに、雑草1つ生えていない田んぼになっているのだという。
「生き物を大切にすれば、いつか報われることがあるというのはこういうことを言うんでしょうかね」という瀧沢さん。「本当は晴耕雨読の生活したかったんですけど、そうはいきませんよね」-笑って、雨の田んぼに出ていった。※瀧沢さんが参加する「ひと・むし・たんぼの会」の企画展は伊那市立図書館で14日まで開催中