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趣味で始めた〃木地屋〃 松尾豊彦さん(66) 伊那市美篶

好きなものづくりができる幸せ

趣味で始めた〃木地屋〃 松尾豊彦さん(66) 伊那市美篶

 自宅近くに設けた作業場から、電動ろくろを回しながら木を削る音が聞こえる。作業を始めると、ご飯やお茶に呼ばれても途中で止められないほど木工品づくりに夢中になる。
 木地師(きじし)は、ろくろなどの道具を使い、おわんやおぼんなどの木工品を作る職人。
 若いうちからものづくりが好きで、伝統工芸をやりたいと思っていたが、生活がかかっていたため、なかなか始めることができなかった。
 60歳で定年退職。早速、木工品づくりを教えてもらおうと木曽の漆器店へ飛び込んだ。3軒に断られたが、そのうち1軒から飯田市の木地師を紹介してもらい、足を運んだ。100円ショップで木工品を売っている時代。材料費や手間を考えたら、やっていけない。「本気なら教えてやる」と言われ、週2日のペースで半年間、飯田市まで通い、木工品づくりの基礎を学んだ。
 材料は木材屋から端材を調達。トチノキを主に、サンショウ、ケヤキ、エンジュなどを使う。電動ろくろの先端に、木の材料を取り付け、手づくりの刃物「ろくろカンナ」で削り、やすりをかけて仕上げる。
 作品は菓子鉢、花器、おぼん、マグカップ、ペン立て、そばの練り鉢、太鼓のばち、だるま落としなど実用的なものから置き物、おもちゃ…とさまざま。きゅうす置きは、きゅうすを置く丸い板の淵に溝を彫り、ふたを立てかけるように工夫した。「こういうものがあったらいいなというものを適当に作ってるだけだけどね」。手の感覚が頼り。重ね置きする茶たくの場合、カーブをそろえるのが難しいという。同じものでも、木目の違いはもちろん、全く同じ作品はできない。1つひとつに味わいがある。
 伊那と木曽を結ぶ権兵衛トンネル開通を記念した置き物も制作。枝の輪切りを半分にして、年輪をトンネルに見立てて、荷を背負った馬と奈良井宿の大名行列を添えた。「実用的なものは売れるけど、こういうものはねっからほしいという人はいないね」と笑う。
 木曽の漆器店で3年くらい作品を出していたが、店じまいのため、今は伊那市内のイベントなどに出かけて自らが売る。「楽しみにして来たよ」と友だちを誘ってくる顧客もいるほど。「茶しゃくの入れ物がほしい」「そば湯の入れ物を作って」と注文にも応じている。
 40数年、工作機械を作る仕事に携わっていた。木工品づくりも何もないところから、形が出来上がっていくおもしろさは同じ。「おやじが大工だったもんで、その血をひいたのかな」。
 「いつか五重塔を作りたい」と腕を磨きつつ、やりたいことができる幸せを感じている。
 自作のおぼんに書かれた「知木心(木の心を知る)」。師匠の木地師から贈られた言葉を心に刻む。
 (湯沢康江)

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