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伊那市出身の宮代さん 故郷で陶器展
伊那市中央出身で東京都在住の陶芸家、宮代房子さんが22日から、伊那市境のギャラリーカフェ「カレッタ」で「ふるさと展」を開いています。 ギャラリーには、ツユクサやヤマアジサイなどの草花を題材に絵付けした湯のみや茶碗、皿など、およそ200点が並んでいます。 作品は、素焼きにした陶器にちぎった和紙を張り、下絵の具で染め付けするという伝統手法が用いられています。 和紙ににじんだ下絵の具が、優しいイメージを作り出すということです。 宮代さんは現在67歳、40代半ばから和紙染めを始め、20年が経ちます。 今回は、宮代さんの父と母が残した墨絵とちぎり絵をモチーフにした作品も展示されています。 宮代さんの陶器展、「ふるさと展」は5月2日まで、伊那市境のギャラリー&カフェ、カレッタで開かれています。
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ヤマブドウ ポレポレの丘に植樹
東京都の一般社団法人環境情報科学センターは、良質なヤマブドウ栽培を行うマニュアルづくりなどを目的に伊那市高遠町のポレポレの丘にヤマブドウの苗木を17日植樹しました。 植樹した苗は、伊那市と信州大学農学部が共同で開発したヤマブドウw-3と呼ばれる品種の苗5本です。 市内では3軒の農家のみで栽培されていて、門外不出の貴重な品種です。 環境情報科学センターは、よりよい人間社会の環境づくりを目的に調査・研究活動をしている団体で、良質なヤマブドウ栽培のマニュアルづくりやスモールビジネスの可能性を探ろうとヤマブドウに着目しました。 この日植えられた苗は、5本で、35年ヤマブドウに携わり現在25アールの畑でw-3を栽培している西春近の城倉友幸さんが霜対策などの留意点を指導しました。 センターでは、「ヤマブドウ栽培による新たな景観形成や耕作放棄地の再生などにも可能性を感じる。」と話していました。 ヤマブドウは4年後に収穫し、ワインとして醸造する計画です。
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局地的に雷をともない激しい雨
長野地方気象台は20日夕方から21日未明にかけて県南部の多い所で1時間に35ミリの雨が降る恐れがあるとして注意を呼びかけています。 長野地方気象台では20日午後6時から21日の午後6時までの雨の降る量は県南部の多いところで 70ミリと予想しています。 また局地的に雷を伴って1時間に35ミリの激しい雨が降ると予想していて低い土地の浸水や河川の増水に注意するよう呼びかけています。
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宮澤梅径社中展
板に文字を刻んで装飾する刻字の伊那地域における草分け的な存在、宮澤梅径さんの社中展が17日から伊那文化会館で始まりました。 会場には、社中60人の作品、250点が飾られています。 社中創立35周年記念として開かれていて、会場には多くの人が鑑賞に訪れていました。 刻字は、カツラやヒノキの板に文字を彫り、水彩画や金箔で色をつけます。 伊那を中心に遠くは松本や安曇野のメンバーもいます。 こちらの作品は、額も手づくりしました。 宮澤さんは、「奥が深くやればやるほど新たな発見がある。カラフルで絵画的な作品を見てもらいたい。」と話しています。 宮澤梅径社中展は、19日日曜まで伊那文化会館で開かれています。
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いちご贈り感謝伝える
伊那市で養蜂業を営む小松実治さんは、伊那市社会福祉協議会の就労センターにイチゴ200パックを贈りました。 3日、小松さんが伊那市社会福祉協議会の障害者社会就労センターゆめわーくを訪れ、イチゴを手渡しました。 小松さんは、養蜂で使う蜜蜂の巣箱の一部をゆめわーくに発注しています。 イチゴのプレゼントは、その感謝のしるしにと毎年行っています。 今年も、社協の就労センターで働く障害者全員分の200パックを贈りました。 ゆめわーくの北林清子所長は、「小松さんには、いつも障害者を気にかけてもらっていてありがたい。」と感謝していました。 小松さんの蜜蜂は、イチゴハウス内での受粉などに活躍しています。
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仲仙寺御開帳に向け回向柱
伊那市西箕輪仲仙寺の開創1200年を記念して行われる御開帳に向け、10日回向柱(えこうばしら)が本堂前に建てられました。 触れるとご利益があるとされる回向柱。 高さは4メートル、重さは150キロほどのヒノキの柱です。 御開帳を意味する奉開扉 本尊十一面観世音 諸願成就 などと書かれています。 96歳になる先代で名誉住職の師田賢説さんが筆を振るいました。 10日は、総代会のメンバー20人ほどが集まり、柱を建てました。 客殿から本殿へと柱を移し、穴を掘って建てました。 15日すぎに本尊の十一面観音の右手から30メートル離れた回向柱まで善の綱と呼ばれる 5色の綱を張る予定です。 十一面観音は、60年に一度公開されていて、前回は、昭和47年の4月でした。 それから60年後は、平成43年、2031年になりますが、開創1200年の今年は、特別に公開されます。 仲仙寺開創1200年を記念した御開帳は、4月18日の正午から5月8日まで行われます。
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くるみ割り人形公演をPR
いなっせにある伊那市生涯学習センターに6月に行われる手作りの演奏会「くるみ割り人形」をPRするコーナーが設けられました。 くるみ割り人形のストーリーにちなんでお菓子の国をイメージした人形や小物が並んでいます。 チャイコフスキーのくるみ割り人形は、第11回手づくりの演奏会として一般公募のバレエ団と伊那フィルハーモニー交響楽団、いな少年少女合唱団が共演します。 6月14日、伊那文化会館大ホールで、チケットは全席自由1,000円。 生涯学習センターで販売されています。 実行委員会では、早めの購入を呼び掛けています。
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高校生NO1ラッパーが南ア歌う
高遠高校出身で高校生ナンバーワンラッパーのMCにがりこと羽柴数生さんは、南アルプスジオパークをPRするイメージソングをレコーディングしました。 レコーディングは、駒ケ根市のライブハウスで行われました。 イメージソングのタイトルは、「そーだジオパークに行こう」。 ジオパークによせる思いやローメンなどの名物をラップで表現しています。 2月のジオパークガイド講座最終日で楽曲を披露したところ、伊那市がイメージソングとしてレコーディングを依頼。 プロモーションビデオとして制作し、ホームページなどで公開する予定です。 羽柴さんは、去年の10月に続き、今年3月の高校生ラップ選手権でも優勝し2連覇しています。 3月に高遠高校を卒業し、5月からは東京で音楽活動を始めることにしています。 レコーディングには、高遠高校の小澤和浩教諭も参加し、息のあったコンビネーションで歌いあげました。 伊那市では、「高校生が地元のことを若い感性で表現してくれたことがうれしい。若い世代にもジオパークをアピールしていきたい。」と期待しています。
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銀座で伊那谷の酒PR
伊那市のルネッサンス西町の会と産直新聞社は、4月12日に伊那市の春日公園で行う伊那谷新酒まつりを東京の銀座NAGANOで1日PRしました。 東京の銀座NAGANOで開かれたのは、伊那谷新酒まつりイン銀座。 毎年恒例になっている伊那谷新酒まつりを全国に発信しようと初めて行いました。 会場には、新酒まつりで提供される伊那谷の9つの蔵の日本酒や地ビールが並び、会場を訪れた人たちが飲み比べていました。 告知から3日ほどで定員の35人に達したということです。 ルネッサンス西町では、「ぜひ信州伊那谷を訪ねてください。」と来場者に呼びかけていました。 イベントには、東京の利き酒師も飛び入り参加して、和気あいあいとした雰囲気の中で伊那谷の酒を味わっていました。 評価も上々で、関係者は、「行政主導でなく人のネットワークを通じて酒や地域の良さを発信できたのは、いい方向性だと思う。」と話しています。 伊那谷新酒まつりは、日程を変更し4月12日に伊那市の春日公園で行われます。
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「ダウン症の天才書家 金澤翔子の世界展」始まる
ダウン症の書家として知られる東京都在住の、金澤翔子さんの個展が、9日から伊那市坂下のはら美術で始まりました。 9日は、金澤さんが母・泰子さんとはら美術を訪れ揮毫を行いました。 現在29歳の金澤さんは、5歳の時に書道を始めました。14歳の時に病気で亡くなった父、裕さんとの約束で二十歳の時に初めて個展を開き、以来、全国各地で個展や揮毫などを行っています。 2012年には、NHKの大河ドラマ「平清盛」の題字を書いています。 縦98センチ、横3メートル60センチの紙に書かれた文字は「共に生きる」です。 東日本大震災以降、この文字を書く事が多くなったということです。 会場には、金澤さんの作品50点が展示されていて、伊那市で個展が開かれるのは今回が初めてです。 「ダウン症の天才書家 金澤翔子の世界展」は、伊那市坂下のはら美術で21日(火)まで開かれています。
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高遠城址公園 タカトオコヒガンザクラ開花宣言
伊那市は5日、高遠城址公園のタカトオコヒガンザクラの開花を宣言しました。 去年より3日早い開花宣言となります。 5日正午、市の職員と桜守が園内南側の基準木で桜の開花を確認しました。 一番早く咲く南ゲート付近の桜を基準木としています。 今年は、去年より3日早い開花宣言となりました。 園内にはすでに観光客の姿があり、カメラで撮影するなどして楽しんでいました。 今年の桜まつりでは、新たに三の丸が無料で休憩できるイベント広場となりました。 ローメンやソースかつ丼などご当地グルメが楽しめる「伊那のうまいもん大集合」や、着物の着付けパフォーマンスなどが計画されています。 また、例年同様、園内では篠笛の演奏や、高遠囃子の巡行、さくら茶のサービスなども行われます。 高遠城址公園には、約1500本のタカトオコヒガンザクラが植えられています。 現在は咲き始めで、伊那市では、五分咲きが4月8日、満開は11日、見頃は9日から20日頃までの期間と予想しています。 高遠城址公園では、今夜からライトアップも行われる事になっていて、時間は日没から午後10時までとなっています。
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伊那商工会議所青年部 福島県浪江町に義援金届ける
伊那商工会議所青年部は、福島第一原発事故により、町内全域が避難指示区域となっている福島県浪江町に、このほど義援金を届けました。 3月30日、青年部のメンバー7人が浪江町役場を訪れ、1月に行ったお笑いライブを含む1年間のイベントでの収益の一部、10万円を届けました。 青年部ではこれまで復興支援のリストバンドを販売し、その収益を毎年義援金にあてていました。 しかし、震災から4年が経ち関心が薄れ販売は厳しくなると感じた事から、昨年度からイベントでの収益を義援金にあてる事にしました。 青年部は宮城県石巻市や女川町の現在の様子を見たあと、福島県の浪江町を訪れました。 浪江町は福島第一原発事故により町内全域が避難指示区域となっていて現在は居住する事はできません。 青年部では、近く、気仙沼市にも義援金3万円を送る予定です。
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「伊那の大!大絵馬博覧会」創造館で
伊那市の有形文化財、仲仙寺の「千匹馬図(せんびきうまず)」など市内や木曽地域の様々な絵馬を集め展示した、「伊那の大!大絵馬博覧会」が、伊那市の創造館で開かれています。 大絵馬博覧会は、仲仙寺の開創1200年を記念して4月から行われる御開帳に合わせて、創造館が開いたものです。 会場には、50点以上が展示されていて、中には、縦が2m横が4メートルを超える大きな絵馬もあります。 こちらは、高遠藩主、内藤頼寧が牡丹を描いた絵馬です。 普段は見られない、仲仙寺の絵馬より古い、馬の不動尊、中川村の「銭不動」の絵馬です。 これは、祭りの際に各地から馬の仲介人が集まり、山が馬の色で真っ赤に染まったと言い伝えられています。 「伊那の大!大絵馬博覧会」は、6月22日まで、伊那市の創造館で開かれています。
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ブレイブウォリアーズ ファン交流会
日本プロバスケットボールリーグbjリーグに所属する信州ブレイブウォリアーズは、4月4日と5日に開かれる伊那大会を前に29日、伊那市のショッピングセンターでファン交流イベントを行いました。 この日は、信州ブレイブウォリアーズの花野文昭選手と上田貴浩選手が伊那市のアピタ伊那店を訪れ、シュートゲームやサイン会などを行いました。 シュートゲームでは、訪れた子供たちがミニバスケットゴールめがけてシュートしていました。 その後行われたサイン会では、選手のブロマイドや、ユニフォームにファンがサインを求めていました。 信州ブレイブウォリアーズの今シーズンの成績は、44戦で18勝26敗。所属するイースタンカンファレンス12チーム中、7位となっています。
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信州ブレイブウォリアーズ 表敬訪問
30日は、信州ブレイブウォリアーズの親会社の信州スポーツスピリットの片貝雅彦社長ら3人が市役所を訪れ、白鳥孝市長に試合の報告をしました。 片貝社長は、「去年の伊那市での試合は、ファンの声援が後押ししてくれて、新潟アルビレックスに2連勝することができた。今年も連勝できるようがんばる」と勝利を誓っていました。 白鳥市長は、「プレイオフ進出を目指して一つでも多く勝ってください」と激励していました。 bjリーグ、信州ブレイブウォリアーズ対群馬クレインサンダーズの試合は、4月4日と5日に伊那市の市民体育館メインアリーナで行われます。
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井月朗読劇 稽古はじまる
漂白の俳人井上井月の生き様や作品、風土などを朗読劇で表現する「コラージュ風狂のうたびと」の稽古が29日から始まりました。 稽古は、これから月に2回のペースで行われ、9月5日の本番をめざします。 今日は、朗読者として応募した10人のうち7人が初稽古に参加しました。 演出を担当する阿部裕吉さんの指導で、井月の俳句を詠みました。 7人は、会社員や主婦などで上伊那地域在住者です。 風狂のうたびとは、井月研究家で俳人でもある春日愚良子さんの脚本をもとにした朗読劇で、音楽や映像も加えます。 今後は子どもの演技者も加えていきます。 稽古に加え井月の足跡をめぐったり、映画ほかいびとの北村皆雄監督の講話も計画されています。 井月の朗読劇「コラージュ風狂のうたびと」は、9月5日にいなっせで上演される予定です。
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県議選 告示まで1週間
長野県議会議員選挙告示まで1週間となりました。 伊那市区は、昭和54年以来の無投票となる公算が大きくなっています。 一方上伊那郡区は、定数2に対して4人が立候補を表明しています。 定数2の県議選伊那市区に立候補を表明しているのは、 現職の向山公人さんと新人の酒井茂さんのみです。 27日は、立候補届け出書類の事前審査が行われました。 伊那市役所1階の多目的ホールに設けられた審査会場です。 午前中は、酒井陣営、午後は向山陣営が審査を受けました。 審査は、4月3日の告示当日の立候補の届け出をスムーズに行うためのものです。 市民団体や日本共産党などで組織する伊那市区候補者検討会議は、候補者擁立を断念しました。 27日マスコミ各社に書面で伝えました。 それによりますと、「家庭の事情、仕事との関係など様々な理由があり、決意に至らず今日を迎えた。会として候補者擁立を断念せざるを得ないとの結論に達した。4年後に向けて市民の代表を県議会に送り出せるよう取り組みを続けていく。」としています。 27日午後5時現在で届出書類を持ち帰った人はおらず、昭和54年以来の無投票となる公算が大きくなりました。 一方、定数2の上伊那郡区には、4人が立候補を表明しています。 現職の垣内基良さん、現職の小林伸陽さん、新人の矢ケ崎克彦さん、新人の寺平秀行さんです。 上伊那郡区の事前審査は、伊那合同庁舎で行われ、それぞれの陣営が審査を受けていました。 県議会議員選挙は、4月3日告示、12日投開票です。
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信濃グランセローズ 南箕輪村へ
ルートインBCリーグの信濃グランセローズは、27日から29日まで南箕輪村で第2次キャンプをはります。 27日は、村営大芝野球場でキャンプインセレモニーが行われました。 選手29人、監督やスタッフ4人の33人です。 村を代表し唐木一直村長は、「温泉でゆっくり疲れをいやし、今年こそ優勝してください。」と選手たちを激励しました。 去年グランセローズは、前期は3位、後期は2位でした。 岡本克道監督は、「優勝に向かって一日一日を大切に戦っていきたい」と健闘を誓っていました。 29日までのキャンプ中は、練習試合のほかに少年野球教室やファンミーティングなどが計画されています。 今シーズンは、4月11日に開幕し、5月3日と7月18日に大芝野球場で公式戦が予定されています。 なお、伊那ケーブルテレビでは、観戦チケットを希望者にプレゼントしています。
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聴導犬のお墓完成
宮田村の日本聴導犬協会に聴導犬・介助犬として貢献した犬などを葬るお墓が完成し、27日竣工式が行われました。 お墓は、供養メモリアルと名付けられ、協会の訓練施設東側につくられました。 竣工式には、協会やボランティア、里親などが参加してお墓の完成を祝いました。 日本聴導犬協会が1996年に発足してから犬12頭、ネコは2匹亡くなっていて、これまで協会長宅で骨壺が保管されていました。 協会では、インターネット募金などで個人や団体から183万円の支援を受けてお墓を完成させ、飼い主だった里親が納骨しました。 納骨をすませた東京都の大沢光彦さんは、「仲間たちと一緒に故郷で暮らせるのは幸せで、ほっとした思いだ」と亡き愛犬をしのんでいました。 お墓は、犬が走り回る公園をイメージしてつくられています。
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たかずやの里に本届く
県内の企業が児童福祉施設に絵本を贈る子ども達に笑顔を贈ろう実行委員会は、伊那市東春近の児童養護施設たかずやの里に10冊を寄贈しました。 20日、協賛企業を代表してキタノヤ電器の北原國人社長がたかずやの里を訪れ、施設を運営するたかずや福祉会の埋橋良和理事長に絵本を手渡しました。 埋橋理事長は、「子どもの活字離れが進んでいるといわれているが、善意の絵本なので有効に活用していきたい」と感謝していました。 この取り組みは、子どもたちに絵本を読んでもらい、表現力や考える力を育ててもらおうというもので、今回で6回目です。 県内の80社ほどが協賛していて、20の施設にあわせて200冊を贈ります。 本を手渡した北原社長は、「こどもたちの生活も目の当たりにすることができた。今後も協力をしていきたい」と話していました。
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大型紙芝居 新作「ヤマトタケル伝説」完成
地域の民話を掘り起し、大型の紙芝居にして伝えている「糸ぐるま」代表の久保田文子さんは、15作目となる新作紙芝居「ヤマトタケル伝説」を制作しました。 26日、制作発表が行われ、長谷保育園の園児や地元住民が新作の紙芝居「ヤマトタケル伝説」を鑑賞しました。 久保田さんは長谷など地元に伝わる民話を題材に切り絵の紙芝居を作り伝えていく活動を35年前から行っています。 今回の作品は、山梨県北杜市に伝わるヤマトタケルが植えたとされる桜の伝説と、長谷でヤマトタケルが大蛇を退治したとされる伝説を、ひとつの物語として構成したものです。 長谷には、ヤマトタケルが倒した大蛇の血で赤く染まった川を「赤河原」と呼び、大蛇の首は熱田神社に祭られたとの伝説があります。 久保田さんは来月長谷中学校での上演を予定しているほか、山梨県の北杜市でも上演したいと話していました。
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井上井月の本を北村会長が出版
井上井月顕彰会の北村皆雄会長は、漂泊の俳人、井上井月の生い立ちや普段の生活、幕末から明治にかけてどう生き抜いたかなどを、書いた本を18日に出版しました。 この日は、井上井月顕彰会が伊那市役所で、18日に、岩波書店から出版された本について記者会見を開きました。 出版したのは、伊那市出身で井上井月顕彰会会長で映画監督の北村皆雄さんです。 北村会長が書いた本、「俳人井月、幕末維新 風狂に死す)」は、井月の生活、明治維新の荒波をどう生き抜いたかなどを書いたものです。 この日は他に、映画「ほかいびと 伊那の井月」が4月と5月にヨーロッパ3か国で上映されることが報告されました。 公開されるのはフランス、ドイツ、イタリアで、字幕付きで上映されます。 上映後は、北村さんの対談や講演なども計画されているということです。 井上井月顕彰会は、「ヨーロッパにも俳句の文化があり、上映を通して、井月の魅力が伝われば嬉しい」と話していました。
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公立高校後期選抜合格発表
公立高校の後期選抜の合格発表が20日行われ、全日制では、県内で1万1,135人が合格しました。 このうち伊那北高校では、午前8時30分に合格者の受験番号が記された掲示板が運びだされました。 今年伊那北高校は、普通科200人の募集に対し217人が受験し、204人が合格、理数科は、4人の募集に対し7人が受験し4人が合格しました。 なお、再募集は、辰野高校商業科で8人、上伊那農業高校生産環境科で2人、生物化学科で11人、高遠高校普通科で24人、箕輪進修高校の普通科Ⅲ部と工業科Ⅰ部でそれぞれ若干名です。 伊那北高校の入学式は、4月6日に行われます。
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東日本大震災から4年 3.11の今⑩ 循環の輪復活を
南箕輪村南原の原富男さん。 3月5日、福島県郡山市にある社会福祉法人にんじん舎をめざします。 にんじん舎では、障害者の共同作業所として、会津地鶏を育て、卵をとり、糞は醗酵させ肥料にする循環のサイクルができあがっていました。 しかし、震災による福島第一原発事故により、その鶏糞から放射能が検出されたため、鶏糞は行き場所を失ってしまったのです。 そこで白羽の矢がたったのはチェルノブイリ原発事故で汚染された土壌を浄化するバイオガスの技術でした。 原さんは、去年にんじん舎の鶏舎脇にバイオガスプラントを建設しました。 さらに今回は、そのガスを使って発電させようというのです。 プラントにガス発電を組み込むのは原さんにとってはじめてのチャレンジ。不安もあります。 翌日6日、施設利用者にあたたかく迎えられた原さん。さっそく鶏舎脇のプラントへ向かいます。 ガスのホースを発電機に入れて回します。 ガソリンを切り、ガスに切り替えます。 うまくいきません。 送りこむガスの量を変えながら試行錯誤を繰り返します。 音が変わってきました。 10分以上たっても止まりません。 ライトもついています。 成功です。 バイオガスだけで発電機は動き続けています。 放射能が含まれた鶏糞をプラントに入れることで、ガスと電気を生み、放射能が取り除かれた液肥は、再び畑に帰っていくという循環のサイクルが復活したのです。 伊那のバイオガスとウクライナの技術が今フクシマで稼働し始めています。 放射能に負けずに戦う人たちがフクシマにはいます。
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伊那谷遺産 100件に
国土交通省天竜川上流河川事務所の人と暮らしの伊那谷遺産選定事業は、目標としていた100件に到達しました。 13日、駒ケ根市の天竜川上流河川事務所で開かれた選定委員会で新たに3件が追加されトータル101件になりました。 伊那市高遠町の法華道、伊那市野底の柵立堤防、飯島町の隅之木碑です。 法華道は、高遠の荊口から入笠山の東斜面を通り、富士見町につながる全長22キロの道です。 道沿いには多くの古刹が並び、法華経伝来の足跡を今に伝える歴史の道でもあったことから法華道と呼ばれました。 伊那谷遺産選定を聞いた伊那市の北原厚さん。 芝平出身の北原さんは、古道復活に力を注いできました。 平成11年から10年以上にわたり藪を狩り続け、今では、多くの人がトレッキングを楽しんでいます。 また、野底の柵立堤防は古くから堤防が築かれ、壊されるたびに修復し、洪水を防いできた歴史を今に伝えています。 高遠藩の阪本天山は、深刻な財政難にもかかわらず、私財もなげうち堤防を築いたとされています。 特殊な工法で大型の柵のようであったことから柵立堤防と呼ばれました。 伊那谷遺産は、先人の営みを再確認して情報発信することで、防災教育や地域振興につなげようと、平成24年から選定作業がスタートしました。 選定委員会委員長の笹本正治信州大学副学長は、「伊那谷遺産選定は、日本で最も進んだソフト面からの防災へのアプローチだ」と話しています。
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東日本大震災から4年 3.11の今⑨ 宮城県石巻市の今
2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0、震度6強の大地震が宮城県石巻市を襲いました。 2015年1月末現在、死者は、3,176人、行方不明者は425人となっています。 石巻市の復興政策部復興政策課の岡道夫課長に話を聞きました。 「大津波警報が発令された直後、標高50mの日和山に避難をした。徒歩で避難する人や、車で避難する人でいたるところで渋滞が発生していた。」 一番多くの犠牲者を出したのが、石巻市南浜町と門脇町です。 二つの地区を見渡せる日和山公園(ひよりやまこうえん)、鹿島御児神社(かしまみこじんじゃ)には、毎日犠牲者に手を合わせる人の姿があります。 [震災体験者の話](地元の人) 「津波が陸橋の高さまで来て、陸橋のテッペンに車が2~3台引っかかってそこで一晩過ごした。すその方にいた車は全て流された。取り残された人たちは翌日自衛隊のヘリが来て救出された。」 [岡道夫課長] 「住まいの供給は今年度から平成27年度にかけて一気に加速していける。平成27年8月には市場が完全復旧し再開できる。漁港の水揚げについても、震災前の90%まで回復してきた。」 震災から4年、石巻市は復興に向け、明るい光が見えてきた反面、仮設住宅にはまだ、20,000人を超える人たちが生活しています。 [岡道夫課長] 「「復興頑張って」とメッセージをいただいている。それを励みにこれからもがんばる。」
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東日本大震災から4年
東日本大震災から11日で4年となります。 地震が発生した午後2時46分、上伊那の各地でも黙とうを行い、犠牲者の冥福や被災地の復興を祈る人達の姿がみられました。 福島第一原発事故による放射能汚染により2011年に福島県伊達市から伊那市に移住し再起をかけ果樹栽培をしている佐藤浩信さんです。 選定作業をしていた佐藤さんは、時間になると、福島の方角を向いて手を合わせました。 宮城県気仙沼の津波からの復興支援を行っている伊那市通り町のワイルドツリーです。 毎年3月11日には無料のキャンドル作り体験を行って復興を願うメッセージを照らします。 伊那市の中心市街地です。 防災無線のサイレンが鳴ると手を合わせる人もいました。 市議会の一般質問が行われていた、伊那市役所内の議場。 午後2時46分、議会を一時中断し、市の理事者や市議会議員全員が起立し黙とうを捧げていました。 伊那市の東部中学校です。 タカトウコヒガンザクラを通して、宮城県仙台市の高砂中学校と交流をしています。 この日は2年生およそ290人が、インターネット回線を使い高砂中と活動報告を行いました。 東日本大震災では、地震やその後に発生した津波で、1万8475人の人が亡くなったり、行方不明となっています。 震災から4年が経過した今でも、被災した東北を中心に仮設住宅など避難生活をおくっている人は22万9千人にのぼります。
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まもなく4年
3月11日の東日本大震災福島第1原発事故からまもなく4年。 8日は、脱原発を訴える集会とデモ行進が伊那市で行われました。 いなっせ北側広場には、70人が集まり、脱原発を訴えました。 さよなら原発上伊那の会の山本真吾会長は、「福島はまだ終息していない。伊那から発信していきたい。」と参加者によびかけました。 集会では、参加者が、それぞれの思いを発表しました。 集会に引き続き、反原発を訴えるプラカードなどを手にした参加者が、いなっせから伊那北駅までをデモ行進して、脱原発をアピールしていました。
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東日本大震災から4年 3.11の今④ 被災地の犬・猫は今
福島県南相馬市で行場を失い保護された猫マーマ 飼育放棄された犬や猫の飼い主探しなど上伊那を中心に救済活動をしているハッピーテールが預かっています。 震災後多くの人々が避難所生活を強いられました。ペットたちも同じです。 当時の報道は人の命、人の生活が優先でした。 その時映像で犬や猫が放浪している姿を見たハッピーテールの福元麻子さん。 「何か自分にできないか」と思い被災地の福島県へ車を走らせました。 福元さんはその後も、被災地へ足を運び犬猫みなしご救援隊が保護した犬13匹、猫3匹を引き取りました。 その後、里親を募集しすべての犬と猫が県内の一般家庭に引きとられました。 震災直後の動物達の様子などを映した一冊の本「鼓動」があります。 この表紙の写真に写っている犬は現在諏訪市にいます。 飼い主の林朱美さんです。 名前はラッキー。福島県で迷っていた所を保護されました。 林さんは「我が家の番犬としてこれからも一緒に生活していきたい」と話していました。 箕輪町北小河内の竹内和之さん宅では、被災地の犬が生んだ子犬を3年前から飼っています。 名前はジュリです。 竹内さんは「せっかくここに来たからずっと可愛がってやりたい」と話していました。 東日本大震災から4年。 家族の元に帰れなかった犬や猫たちは今、新しい家族のもとで新しい生活を送っています。 福元さんは「最後まで大切に育ててほしい」と話していました。
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長野県公衆衛生専門学校 12人卒業
長野県公衆衛生専門学校の卒業式が6日行われ、歯科衛生士になるための3年間の課程を学んだ12人が学び舎を巣立ちました。 式では、合木康典校長から卒業生1人1人に卒業証書が手渡されました。 卒業生12人のうち、上伊那出身は7人です。 卒業生12人全員が、県内の歯科診療所への就職が決まっているということです。 在校生を代表して、島﨑美桜さんは「初心忘るべからず、という言葉を胸に歯科衛生士として熟練の域に達しても向上心を忘れないでください」と送辞を述べました。 卒業生を代表して稲原有妙子さんは「これからが本当のスタートだという気持ちで、患者さんに信頼してもらえる歯科衛生士を目指します」と答辞を述べました。 式の最後には卒業生全員で「旅立ちの日に」を歌いました。