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小正月の伝統「繭玉」つくり交流
養蚕の降盛と五穀豊穣(ほうじょう)を願う繭玉(まゆだま)つくりが7日、伊那市美篶笠原北村の会所・廣得館であった。地域の幼児や児童のほか、保護者など約50人が参加し、小正月の伝統行事を一緒にたん能した。
小正月の伝統を子どもたちに伝承しよう竏窒ニ、8年前から始まった恒例行事。笠原地域社会福祉協議会のボランティアグループ「ひまわり会」と、笠原シルバークラブのそれぞれの北村地区メンバーの共催。
繭玉は熱湯で練った2キロの米の粉をまゆの形につくり、サカキの木に刺して完成。紅白のきれいな繭玉を約150個仕上げた。初めて見る子どもたち「雪だるまみたい」と大はしゃぎ。最後は一緒に正月の童謡を合唱し、和気あいあいと楽しんだ。
この日は、餅(もち)を短冊形に切った「稲穂」もつくった。
ひまわりの会の北村地区責任者の諸田香子さんは「子どもやお年寄りが、話し合いのできる場所として残していきたい」と、皆が喜ぶ姿を眺めていた。 -
小坂氏後援会がきょう新年会
伊那市長小坂樫男氏(70)=無所属、小沢=の後援会は8日、JA上伊那本所で新年会を開く。小坂氏は、伊那市・高遠町・長谷村の合併で新伊那市発足に伴う市長選挙に出馬表明するものとみられる。
小坂氏は昨年12月、市議会定例会の一般質問に答える形で、後援会の意思決定がされていないとしながら、権兵衛トンネル開通、合併と大きなターニングポイントを迎え「やらざるを得ない」と出馬の意向を明らかにした。1月中に正式表明するとしていた。
新年会には、支持者600人以上が集まる予定。 -
カフェ「ドゥドゥ」がオープン
伊那市西町区にカフェ「ドゥドゥ」がオープンした。アジアの生活雑貨販売に加え、軽食を楽しめるスペースがある。
ベトナムに滞在した経験を持つ宮島洋子さん=荒井区=が経営する。
1階の喫茶では、ベトナムの家庭料理サンドイッチ、チキンカレー、デザート、飲み物を用意。2階に設けた生活雑貨販売は、ベトナム南部の少数民族が日常生活で使う布をはじめ、バッグ、洗濯かごや野菜入れに活用できるかご、陶器、衣類、香など約150点をそろえている。徐々に品数を増やす予定。
また、希望者にはベトナムの情報を提供する。
宮島さんは「さまざまな人がゆっくりとくつろげる店にしたい。アジア諸国のパワーを発信できたら」と話している。
営業時間はおおよそ午前11時半縲恁゚後9時。1カ月間の利用客の状況を見て決める。不定休。
問い合わせは「ドゥドゥ」(TEL78・5650)へ。 -
長野日本電気 寺澤社長年頭訓話
明けましておめでとう御座います。
産業界は自動車産業と薄型テレビ等デジタル家電の牽引によって活気が出てきております。しかし、電機業界では、各社の業績は斑模様で、かなりのバラツキを呈しており、優勝劣敗が明確になりつつあります。このような環境の中にあっては、開発力・モノづくり力・コスト力・そしてこれらを実現していく優秀な人財等々、総合力に秀でた会社のみが勝ち残っていける時代です。そこで、06年度はこれから述べる諸点に注力していきます。
まず、開発力の強化をしていきます。次に、経営基盤強化のために、是非とも進化させなければならないのが、生産革新です。3つ目が、「自立(独り立ち)と自律」です。勝ち残りそして、発展していく会社というのは、常に自己変革して、環境の変化を先取り出来る会社です。そして、会社の存続と発展は、我社に所属している全ての人達のレベルの高さで決まります。何故かと言いますと、先に述べた全員参加の生産革新は、全員参加の経営改革であるからです。従って、皆さんが生産革新に参画するということは、取りも直さず経営に参加しているということであり、全員が、経営の視点で行動することが必要であると言うことです。その為には、個々人が独り立ちし、そして自律することが大切です。
最後に、皆さんのご健勝とご活躍を心より祈念し、また私達一人ひとりが、自己変革することを確認しあい、年頭の挨拶といたします。 -
伊那谷に木曽地域の看板急増
権兵衛トンネルの開通を前に、木曽地域の看板が伊那市周辺で目立ち始めた。特に中央高速バス新宿線の伊那バスターミナルは、看板の6割近くが木曽地域の看板で埋めつくされている。スキー場や宿泊施設のほか、観光協会の大きな看板もあり、一瞬木曽に来たかのような錯覚におちいるほど。
ターミナルを管理する伊那バスの関係者によれば、05年夏頃から木曽地域からの看板設置の申し入れが増加。貸切バスを利用した観光旅行の訪問先としての売込みも急増し、上下伊那地域の数をしのぐ勢いだという。
広域農道沿でも、電柱看板に木曽の宿泊施設の名前が目立つようになっており、同地域の権兵衛開通をにらんだ誘客の積極姿勢がうかがえる。 -
女性海外研修の帰国報告
伊那市の女性海外研修に参加した主婦春日幸子さん(58)=西春近=が6日、市役所を訪れ、小坂市長に帰国報告した。視察時の写真を見せながら、福祉国家デンマークの現状を話した。
研修は昨年10月25日縲・1月3日の10日間で、高齢者や身障者住宅、女性保護センターなどを訪問。
春日さんは「国民が所得税50%、消費税25%を認めていることにすごいと感じた。税金の4分の1が福祉に充てられ、医者にかかるのは無料。18歳までの教育費も無料だった」と説明した。また「高齢者住宅などは街並みの一角にあり、住民に受け入れられている。中も施設という雰囲気がしなかった。利用者が住んでいた環境のまま生活できることを知ってもらいたい」と語った。
研修の様子は、市報「いな」3月号で紹介する。
研修は95年に男女共同参画計画推進事業の一環として始まったもので、今回で11年目を数えた。市が費用の一部を助成している。 -
安全の地域づくり決意新たに
伊那市の美篶交通安全協会(矢島要治会長)などが主催する恒例の同地区安全祈願祭が6日、美篶公民館であった。40年以上続く市内で唯一の安全祈願祭に、地区の安協、区長会、青少年育成会、消防団など80人以上が参加した。
神事の後、美篶各種団体協議会の赤羽要会長は、国内外で悲惨な事件や自然災害が発生しているとし、「同じ時代、社会で生活しているかぎり、地域に災害などがいつ発生するか分からない。地域全体の和を広げ、お互いに助け合い安全に暮らせる地域づくりの維持を心がけたい」と祭文した。
昨年、広島と栃木の両県で発生した女児殺害を受け、伊那署生活安全課の西澤忠篤課長らが、児童たちの登下校時などの安全対策について講話した。
西澤課長は、昨年の管内の声かけ事案数は26件(うち児童の被害は19件)と報告。美篶については被害が出ていないが、「犯罪者にプレッシャーを与えるよう、地域で安心安全なまちづくりに取り組むことが最大の対策」と、自主防犯意識の高揚を呼びかけた。 -
放火が前年比6件増
伊那消防組合は05年に管内で発生した火災状況をまとめた。火災件数は92件(前年比18件増)で、死者は8人(同6人増)、負傷者は5人(同4人減)、被害総額は1億4425万2千円(同4719万4千円増)。火災原因のなかで最も増加した「放火・放火の疑い」は、前年に比べて6件増の15件だった。
内訳は「建物」が45件(同10件増)、「林野」が6件(同1件減)、「車両」が6件(同1件減)、「その他(廃材・土手焼き)」が35件(10件増)。焼損面積は、建物が3023平方メートル、林野は115アール、車両は6台。焼損棟数は全焼が22棟など合計59棟で30世帯、97人が被災した。
原因は、「放火・放火の疑い」(15件)、「たき火」(11件)、「枯れ草焼き」(9件)、「コンロ・てんぷら火災」(8件)の順で多い。
市町村別の火災発生数は、伊那市43件、南箕輪村18件、箕輪町14件、辰野町10件、高遠町6件、長谷村1件だった。
同消防組合によると、全国的に火災原因は放火、たばこ、コンロなどが増加しているという。「家の周りに燃えやすい物を置かないことや、隣近所での声掛けなど、放火のしにくい環境づくりを心がけてほしい」と呼びかけている。 -
県営住宅で火事 伊那市西箕輪大萱
5日午後8時28分ころ、伊那市西箕輪大萱の県営住宅13号に住む、無職・飯盛安弘さん(73)方から出火。木造モルタル構造トタン葺きの平屋6世帯長屋の一部(焼損面積35・36平方メートル)を全焼し、同時8時38分に鎮火した。この火災で飯盛さんが火傷を負い市内の病院に収容された。
伊那消防署の調べによると、東側の居間と寝室の境付近が出火場所とみられる。飯盛さんが入院しているため、原因は調査中となっているが、室内からの出火で放火の疑いは極めて少なく、失火の可能性が大きいという。 -
はら美術で柴田久慶さんが個展
人物画を通じて自らの思いを描く駒ヶ根市の洋画家・柴田久慶さん(60)の個展が9日まで、伊那市旭町のはら美術で開かれている。暖色系の色彩で描きこまれた独特な人物画や風景画など約50点が、訪れた人たちの目を楽しませている。
柴田さんは国画会や県展などで数多くの賞を受賞し、県展審査員なども勤めてきた。はら美術での個展は初めて。
見る角度やポーズによって、さまざまな表現を可能とする人物画の魅力にひかれ、被写体を通して心の内を表現することに挑んできた。昨年の国画会に出展した作品「MAN」は、近年の世情不安を描写。戦争を繰り返し、弱い者がみじめな思いをする社会をつくり上げた人間の愚かさを表現し、そうした醜い部分は、誰の中にも存在することを訴えかけている。
柴田さんは「絵画を始めて40年近くになるが、やっと絵の具の良さが分かってきた。微妙なタッチを楽しんでほしい」と話していた。
入場無料。9日まで。 -
伊那市在住・出身者の作家洋画展
伊那市在住・出身者の作家洋画展「漸(ぜん)進展」(実行委員会主催)が5日、伊那市生涯学習センター2階ギャラリーで始まった。作家13人が持ち寄った風景、人物、抽象など24点が並び、訪れた人の目を楽しませている。10日まで。
作品は、かやぶきの屋根に雪が積もった「信濃雪景」をはじめ、「街角」「家族」「月と女 曼荼羅(まんだら)」「御岳I」など。一人が最新作1縲・点を展示した。サイズは100号以上の大作が多い。
須沢重雄代表は「作家が精根込めて描いた。大作が多く、それぞれ個性を生かした作品は見ごたえがある」と話している。
作品展は一昨年のセンターオープンのこけら落しとして始まったもので、本年で3回目。「一人ひとりが少しずつでも前に進んでいこうという気持ち」で、昨年までの精鋭作家洋画展から名称を変更した。
開館は午前10時縲恁゚後5時(最終日4時)。入場無料。 -
KOA向山社長年始訓話
◆KOA(伊那市)向山孝一社長
「安全」「品質」を中心に、お客さまに信頼される会社にしていきたい。
兵庫県尼崎JR脱線事故、耐震強度偽装に、安全であって当たり前が当たり前でなくなる混乱を垣間見た。
組織が限られた中で安全に運営されているのか、いつも注意をはらっていかなければならない。異常のサインが異常と感じられなくなり、起こるはずがないことが現実に起こる。事故によって本人、家族、職場に迷惑がかかる。総点検をして安全な職場づくりをしなければならない。自然災害の対応を含め災害は、お客さまの重要な評価基準になる。災害を出さないと胸を張って言える会社にしたい。各職場で火災、はさまれなど災害の危険要因を取り除いてほしい。
製品は人命に直結するもので、万が一は許されない。品質の改善活動を経営の柱にしたい。売り先別でみると、パソコンなどから車になりつつあり、今後も伸びていく。質の高いビジネスが求められる。製品の質をレベルアップしないと生き残れない。お客さまから「KOAがいい」というものづくりをしたい。事故があったら会社がなくなる危険のあるビジネスと肝に銘じて仕事に当たってほしい。
2010年は創業70周年になる。春にビジョンを示したい。
地域社会、家族に対して、年末にいい成果があったと言えるように、地に足をつけて作業してほしい。
健康は自己責任で管理して、明るい職場であるように。1年間、頑張りましょう。 -
1月10日は「110番の日」
伊那署は「110番の日」(1月10日)の一環行事として、110番に関するポスター展を10日まで、伊那市西町区のアピタ伊那店2階エレベーターホールで開いている。
同署管内の小・中学校から応募のあった17作品を展示。事故や事件、怪しい人を見たら110番まで竏窒ニ訴える標語の作品が多く、ポスターの色も赤や黄色など印象的な彩りで、買い物客の目を引いている。
「ドキドキするけど110番」の標語で警察官の絵を画面いっぱいに描いた作品や、「いたずら電話は止めよう」「この番号を忘れない」など、子どもの目線から考えた工夫あるポスターが多数並んでいる。 -
仲良くシュプール描いて…
親子(子どもは小学生以上)を対象とした恒例のスキー教室が5日、伊那市西春近のスキー場「中央道伊那スキーリゾート」であった。技術習得を目指し、市内を中心に駒ヶ根市から6組13人が参加。白銀のゲレンデで雪の感触を楽しみながら、冬休みの一日を満喫した。伊那市教育委員会の主催。
昨年に比べると10人ほど少ない参加だったが、小人数のため指導はみっちり。初心者から何度か滑ったことのある経験者まで、レベルに合わせ2班に分かれ、市体育協会スキー部(細野昭男部長)インストラクターの指導を受けた。
初心者は用具の使い方やブーツの履き方から、経験者は板をハの字にして滑るプルークボーゲンや、板を平行にして滑走するパラレルを学習。ゲレンデは積雪100センチ、雪質も良好で、参加者は滑り方のコツをつかむと繰り返しシュプールを描いた。
駒ヶ根市の阿部厳君(8つ)は母親の真弓さんと同教室に初参加。スキーは3年前から始め、この日は「ゲレンデの上から下まで真っ直ぐ滑ってみたい」と意気込んでいた。真弓さんは北海道出身で、小学校時代からスキーを学んでいたが、実は苦手。しかし、「親子で滑ると楽しい」とスキーを満喫していた。 -
改革・改善、真剣勝負
ルビコンが仕事始めコンデンサのトップメーカー、ルビコン(本社・伊那市、勝山修一社長)の06年仕事始め式は5日、西箕輪の本社であり、営業部門の一部を除く本社450人の前で、登内英夫会長と勝山修一社長が年頭のあいさつをした。
演壇には「改革・改善、真剣勝負の年にしよう」というスローガンが掲げられた。
登内会長は、年頭にあたって、「社員一人ひとりが自分の仕事を見つめ、改革を加え、効率の良い仕事をしてほしい」と訓示。続いて登壇した勝山社長は「景気回復というが先行きは不透明。勝ち組みになるためには、他社が1年かけて行う改善を四半期で行うことが必要」と話した。
最後に05年度新入社員の発声で、社訓と06年スローガンを唱和した。
※勝山社長のあいさつ(要旨)は別項 -
ルビコン 勝山修一社長訓話
小泉首相は年頭あいさつで「構造改革」を自画自賛した。だが、この4縲・年間の「構造改革」を実際に進めたのは民間企業だ。その中で、民間企業の中に勝ち組みと負け組みの分岐が表われた。
景気回復と言われているが、原油価格が高騰しても物価が上がらないなど不透明なところが多い。米国の好景気は今年一年続くか?、中国の好景気が新たなコスト競争を招かないか?、人民元の切り上げがどう響くか?竏窒ネどの疑問もある。為替レートも1ドル121円だったが12月一カ月間で5円も円高になった。為替の変動は電子産業に大きな影響を与える。そういう中で仕事をしていることを忘れてはいけない。
環境はどこの会社も同じだ。改善・改革をいままで以上にどれだけできるかで、今後の勝ち組みと負け組みが決まる。現在勝ち組みと言われる企業はこの4縲・年でかなりの改善をしてきた。当社は、その時期に良い商品を出し業績が上がった影響もあり、改善・改革の面では2年遅れだ。この遅れを挽回し、さらに前進するために、1年分の改善を四半期でやり遂げる気持ちで望もう。仕事に追いかけられるのではなく、仕事を追いかけて行けば必ず達成できる。
会社組織はピラミッド型ではなくアメーバ型でなければならない。誰もが最前線に立ち、誰もが支援部隊に回ることのできる、変動的に動く組織を作り上げて行こう。当面する四半期は「見える化」をテーマに、収益性の改善が見えるところから手をつけ、年間を通じた改善の糸口をみつけよう。 -
かんてんぱぱ・森のドライアート展
伊那市西春近のかんてんぱぱホールは15日まで、駒ヶ根市在住のクラフト作家・市山泰子さん(51)による「森のドライアート」展と、『かんてんぱぱガーデンに咲く四季折々の花』を出版した植物細密画家・野村陽子さん(52)=山梨県=の細密画展を開いている。植物の異なる側面を楽しめる2つの展示会が、訪れた人たちの目を楽しませている。
園芸種にはない魅力を持つ山の素材の色彩や形にひかれ、リースやオブジェ製作を手がけるようになった市山さん。今回はコケ類、樹皮、木の葉、つるなど、野山にある素材を中心にした作品を多く並べた。
乾燥した青葉だけでなく、枯葉も素材として使った作品も多いが、枯葉が青葉の緑をより鮮やかに見せる一方、青葉は枯葉の温かみを感じさせ、それぞれが作品を引き立て合っている。
市山さんは「あまり人が目に留めないなにげない素材の良さを知ってほしい」と話していた。 -
新春・経済対談
06年、伊那谷商工業の行方を探る【中】06年、伊那谷の産業・経済はどのように展開するか?上伊那経済をリードする伊那と駒ヶ根の商工会議所の会頭に話し合ってもらった。その2回目。
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新春・経済対談
06年、伊那谷商工業の行方を探る【下】06年、伊那谷の産業・経済はどのように展開するか?上伊那経済をリードする伊那と駒ヶ根の商工会議所の会頭に話し合ってもらった。その3回目。
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新「伊那市」誕生まで…カウントダウンボードを設置
伊那市・高遠町・長谷村は4日、3月31日の合併による新「伊那市」誕生までのカウントダウンボードをそれぞれ庁舎に設置した。
ボードには、新市の将来像「二つのアルプスに抱かれた自然共生都市竏註lと歴史と文化を育む活力と交流の美しいまち竏秩vと、それぞれのイメージキャラクターなどを書き、高遠町と長谷村は合併時の面積と人口も記している。
住民へのPRと合併への気運を高める狙い。 -
かんてんぱぱで高遠石工写真展
「高遠石工を訪ねる友の会」(赤羽忠二代表)による「新春高遠石工写真展」が4日から、伊那市西春近のかんてんぱぱホールで開かれている。県内外に残された素晴らしい石仏を撮影した写真約70点が、訪れた人の関心を引き付けている。
江戸中期から多くの石仏を残した高遠石工は、生活の場を求めて伊那地域から山梨県、岐阜県、関東方面など、あらゆる地域へと波及。その優れた技術は各地で受け入れられた。
職人によって作風は異なるが、手からつま先まで丹精に刻まれた高度な技術は一環している。約200年前に始まった文化は以後100年近く、親から子へと引き継がれたが、明治時代になると後継者が不足し、技術が途絶えてしまった。
会場には、親子代々の作品写真を並べた展示もあり、美しい石仏と共に時代の変遷もうかがえる。
代表の赤羽さんは「先祖が苦労して引き継いできた技術が、今なお各所に存在していることを知ってほしい」と話している。
入場無料。午前9時縲恁゚後6時。9日まで。 -
寒い冬 スキー場で満喫
年末年始の休み中、伊那市の中央道伊那スキーリゾートは県内外の家族連れなどでにぎわった。昨年12月29日から1月3日までの利用者は約1万人で、ほぼ例年並み。寒気で良質の雪が整ったゲレンデは好評で、関係者は「例年以上の利用が見込めそう」と今シーズンの盛況を期待する。
地元客や愛知県、岐阜県、三重県の中京方面から訪れる人が中心で、スキーやスノーボード、そり滑りと思い思いに楽しんだ。今季は新設した砂場感覚で遊べる「雪の公園」が人気で家族連れが増加し、そりや雪遊びを楽しむ人が多いという。
昨年12月下旬は日本海側を中心に全国で記録的な大雪となり、中京方面の交通にも影響があり、12月23、24日の利用者数は減少。翌週の30、31日はスキーを心待ちにしていた利用者が押し寄せ、2日間の合計利用者は近年3年間で最も多い、約3千人だったという。
営業は平日午前8時30分縲恁゚後4時25分、土日・祝日は午前8時縲恁゚後4時15分。問い合わせは中央道伊那スキーリゾート(TEL73・8855)へ。 -
上伊那農協で「正月だるま貯金」
JA上伊那の各金融窓口で4日、預金者にだるまや干支(えと)の犬をかたどった貯金箱を配布する恒例の「正月だるま貯金」があった。縁起物のだるまや、かわいらしい貯金箱を手に、利用者は喜んだ。
伊那市狐島の本所では、福だるま460個、貯金箱150個を用意。開始時刻の午前7時30分から列ができ、子供を連れた主婦や高齢者を中心に、出勤途中の会社員などでにぎわった。
本年1年間のガス代を入金した原野明恵さん(43)=同市西町=は「去年の家計は子供の養育費で大変だったが、今年は長女と長男が高校、中学に入学するので、去年より出費がありそう。金銭的にも厳しい世の中なので、家族一人ひとりが周りに感化されぬよう意識を持って過したい」と話していた。 -
恩徳寺で加持祈祷盛ん
南箕輪村沢尻の伊那成田山・恩徳寺で、新年の加持祈祷が盛んだ。例年にない寒さにもかかわらず、大晦日の除夜の鐘、元旦の大護摩で賑わった同寺では、2日以降も信者や地元企業が、厄除け・社運隆盛・商売繁盛・交通安全などを願って祈祷を受けている。
4日も市内の建設会社が有志を募って30人ほどで参詣。林宥音住職が真言密教の教えにそって、同寺の本尊・不動明王の前で護摩木という特別の薪を焚き、燃え上がる炎の前で、弘法大師・空海から伝わる真言を唱えた。
三が日は信者などの個人の祈祷が多く、企業などが仕事を始める4日から、企業・商店などが多くなると言う。
真言密教に伝わる「加持祈祷」の「加」とは本尊が信者に心をかけてくれることをいい、「持」とはそれを受け止める信者の信心をいう。儀式を執り行う住職は導師と呼ばれ、本尊・信者・導師の三者が一体になることを念ずるそうだ。
加持祈祷を終えた林住職は、「06年はぜひ、戦争のない平和な年になってほしい。その思いを毎回込めて祈祷しています」と話した。 -
ブラジル母国語教室「BABY KID’S」保育担当
駒ヶ根市赤穂
関口一枝さん「ポルトガル語で『うんちが出る』っていうのは“コッコ”っていうのだけど、最初はそれさえも分からなくて大変でした」
伊那市双葉町にあるブラジル人母国語教室「Baby Kid’s」(飯島ヨシムネ代表)の保育担当。昨年3月、代表の飯島さんが一時帰国することになり、その間の3カ月間、留守を引き受けることになった。「今は約束の3カ月を過ぎているのだけど、慕ってくれる子どもたちや、日本の事情がよく分からないスタッフに『いてほしい』って引き止められて、なかなか戻れなくて」と笑う。
◇ ◇
高校卒業後、オーストラリアへと出かけた次男が身ぐるみをはがれ、斬りつけられるという事件に遭遇。しかし、近くにいた中年女性が面倒を見てくれたおかげで、息子は無事に帰国することができた。見ず知らずの外国人を助けてくれた女性に感謝しながら「きっと日本で生活する外国人も、いろんな不安を感じているんだろうな」と実感した。少しでもそうした人たちの力になれれば竏窒ニ、出稼ぎに来る日系ブラジル人の家族と交流するようになる。そんな中「会社の寮を使って日系ブラジル人の子どもたちを見ている人がいるよ」と紹介されたのが「BabyKid’s」の前身となる託児所だった。そこから親戚付き合いのような交流が始まる。
◇ ◇
母国語教室との付き合いは20年近い。保育士として勤め上げたキャリアもあったが、日本の保育園と違い「言葉の壁」がある母国語教室での生活には、当初戸惑うこともあった。何が原因で泣いているのか分からず、なんて声をかけてあげれば良いのか分からない竏窒サんな状況もしばしば。しかし、日本語ができる子どもの力を借りて、何が原因かを知ることができるようになった。ここまでがんばってこれたのは、子どもたちが与えてくれたパワーのおかげ。
教室にはポルトガル語しか話せない子どもも多い。「せめてあいさつくらいは」と毎朝、ポルトガル語のおはよう“ボンジーア”に続けて、日本語で“おはようございます”とあいさつするようにしたところ、最初はポルトガル語しか話せなかった子どもが「おはようございます」とあいさつしてくれるようになった。「いただきます」を言う習慣もなかったが、それも言えるようになった。こうした日々の変化を発見することが、何よりの楽しみとなっている。
「もういい年なので、今後は自分の趣味の時間もほしいなっと思って。ただ、保育担当を離れても、母国語教室や日本にいるブラジル人家族とは変わらず交流をし、自分にできることを続けていきたいと思ってます」 -
伊那市仕事始め式
各市町村で4日、仕事始め式があった。それぞれ職員を集めて首長が訓示。行政と住民の協働や職員の意識改革などを求めた。職員は気持ちを引き締め、業務に入った。 ◆小坂市長 本年は権兵衛トンネル開通(2月4日)、高遠町・長谷村との合併(3月31日)と大きな2つの出来事がある。伊那市の50年余の歴史の中で、大きな変革のとき。
年頭に当たり、古きをたずね新しきを知る「温故知新」という言葉を送る。高遠町・長谷村、木曽との交流が始まる。両町村の歴史、旧宿場町とそれぞれ古きものから新しい知識を得て、新たな伊那市を創造する原動力になってもらいたい。
地域の発展は、どれだけ輝くか、人口が増えるかにある。自立するために、産業の発展を基盤としてやっていかなければならない。
三位一体改革で、行政能率を上げることが求められる。職員、市民が痛みを分かち合う時代。官から民にと叫ばれるが、官は官でやっていかなければならないことがある。
合併を控え、現場での調整がある。上伊那の唯一の合併で失敗はできない。 -
【年男年女】伊那市駅前交番所巡査 森下千史さん(23)
「テレビドラマの踊る大捜査線に出てくる女性警官のようなイメージ。警察官の仕事って男女平等で、女性でもバリバリ働けるところがすてき」と、ハキハキとした口調。
松本市生まれの一人っ子。山梨県の大学で法学を学び、「法律も使えて、体を動かせる仕事」に就こうと、04年10月採用に合格。県警察学校で半年間、心身共に鍛えた後、伊那署に配属された。
交番の仕事は交通事故、万引き、道案内など、「毎日色んな事件が起きて同じ日はない」というくらい大忙し。しかし、地域住民とふれあう機会も多く、相談に訪れた人からの感謝の言葉も身近でうれしいという。
「形式的には1人前の警察官と言われますが、まだまだ未熟で半人前です。ようやく仕事もほんの少し分かってきた状態。今年は私にしかできない、任せてもらえる仕事をしたい」と、少し照れ笑いで意気込みを語る。
趣味はドライブと温泉巡り。伊那署管内の日帰り温泉施設は制覇し、銭湯にもいくというおふろ好き。 -
【新春記者室】日常に埋もれた大切な意味の見直しを
冬は閑散とするが、正月は別。門松や生け花で世間は華やぎ、新年の喜びがあふれる。
しかし、生け花を習わない女性が増加したことに伴い、正月に花を生ける家庭も減少しているという。
確かに現代女性の関心事と比べ、生け花の実用性は低いかもしれない。しかし、生け花やお茶など「もてなし文化」を引き継いできた日本女性は「人を喜ばせる」ための、ささやかな心配りや優しさも大切に引き継いできたのだと思う。そんな伝統が、実用性の陰に隠れてしまうのは切ない。
習慣化・日常化する中で、大切な思いが忘れられがちな出来事はたくさんある。だからこそ「どうしてそれが生まれたのか」に目を向け、大切な思いを伝えていきたい。 -
【年男年女】上伊那圏域障害者総合支援センター療育コーディネーター
駒ヶ根市下平 小宮山紀道さん(47)人間相手の仕事だから思いの行き違いがないようにしなくてはならないのは大変。でも、それぞれの個性があるのは面白い竏秩B
長野市から伊那市へ赴任して3年。知的障害などを持つ子ども、保護者の不安や悩みと向き合い、子育て支援をしている。
本当は自分が思っている以上に高い能力があり、一人暮らしもできるのに、施設で暮らすことを望む人もいる。「あなたの人生もっと開けているよ」ということを伝えたい竏秩B地域での生活支援を進めるのにはそんな思いがある。
障害者の地域移行は進んでいる。しかし実際には、知的、精神障害者が、自分の声を外へ発信していくことは難しく、本当に地域の中で主体的に暮らせているかは疑問。だからこそ自分たちがその声を拾い、外へと伝える手助けをすることも必要竏窒サう感じている。
「障害を持った人でも普通に働いたり生活でき、手の届かないところだけ支援する。そんな社会になってほしい」。 -
【新年記者室】隠れたドラマを発掘する一年に
「元旦イチゴ狩り」は、伊那みはらしいちご園が開園以来続けてきた目玉の一つ。今年も新年から多くの人でにぎわった。
その園を運営する羽広いちご生産組合は昨年、設立10周年を迎え、記念式典を開催。「手探り状態からスタートした。ここまでくるのは大変だったが、もう10年経ったのかとも感じる」と語られる中、涙をぬぐう生産者の姿が印象的だった。
みな農家だったが、イチゴ栽培は初めて。それまでは客商売もしたことがなかったため、接客にも苦労した。時には客から注意されながら試行錯誤を重ねた10年竏秩Bその涙が、この10年にさまざまなドラマがあったことをを物語った。
今年は一つひとつの出来事が秘めた多くのドラマを伝えたい。
(伊藤 愛子)