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住民14人 元伊那市議の男性を告訴へ
元伊那市議会議員の男性に対し貸した金が返済されず、詐欺の疑いがあるとして、市内の住民14人が伊那警察署に告訴状の写しを27日提出しました。 告訴状を提出した伊那市内に住む14人は、元市議会議員の男性に対し、去年2月から5月にかけ合わせて2670万円を貸したという事です。 元市議の男性は、金を借りる時に「東京にいる次男が土地を買うため資金が必要」、「次男の裁判で急なお金が必要」などと言い、一人当たり50万円から320万円余りを借り、いまだ返済していないという事です。 その後、住民らが返済を求めると返済計画は示されるものの実行されず今日に至っているということです。 元市議の男性は取材に対し、この事実を認めています。 住民らによると元市議は告訴した14人の他にさらに34人からおよそ5000万円余りを借りているという事です。
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女性の視点で防災考える
女性の視点による災害避難所の課題や日頃の防災対策をテーマにした防災講演会が24日伊那市の狐島第一公民館で開かれました。 講演会は狐島自主防災会が開いたもので会場には区民およそ50人が集まりました。 講師を務めたのは長野県防災アドバイザーで防災士の小林眞由美さんで家庭内での防災対策や避難所での課題について女性の視点で話をしました。 家庭内での防災対策について小林さんは「災害で水の供給が途絶えた時に備え、風呂の湯は残しておく。災害時に持ち出す非常食については期限切れのものがないか見直しをするほか家族に病気の人がいる場合は薬のほか処方箋も用意しておくとよい」と話していました。 また避難所で役立つものとしてカセットコンロやバケツ、空になったペットボトルなどを挙げ、ライフラインが途絶えた中でどのように食事を作り、食べ、片付けるかを実践する女性力を身に付けることが大切だとアドバイスしていました。
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災害時の応援体制を協議
伊那市と災害時応援協定を結んでいる団体が集まり災害時の対応などについて考える会議が18日伊那市役所で開かれました。 会議には災害時応援協定を結んでいる団体や企業と市の関係部署からおよそ90人が出席しました。 現在伊那市は医療救護や物資の供給、災害復旧などについて企業や団体と54の協定を結んでいます。 15日は締結している協定の発動のタイミングや災害時の支援人員や物資などの状況について関係するグループに分かれて話し合いが行われました。 食料品や物資を提供する企業は「流通が途絶えた場合でも今ある在庫で対応したい。グループ内で融通し被災地優先で物資をまわしたい。」と話していました。 伊那市危機管理課では「災害時は住民に正しい情報をいかに伝えるかが重要になってくる。関係団体と連携を図り備えたい。」と話していました。
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戦没者遺族から聞き取り調査
伊那市日影区の歴史や文化、産業などについて調べている「日影区の歴史を語る会」は区内に住んでいた戦没者の戦地での状況などについて遺族から聞き取り調査を始めました。 「日影区の歴史を語る会」では戦後70年の節目の今年、区内に住んでいた戦没者の戦地での状況についてまとめることにしました。 日影区には太平洋戦争による戦没者が27人ほどいるということで会員が手分けして遺族からの聞き取り調査を始めました。 15日、語る会代表の池上正直さんは抑留されていたシベリアの病院で父親を亡くした保科正子さんを訪ねました。 昭和18年、満州で生まれた正子さんは3人兄弟の次女で現在72歳。 3歳の時に父保さんを亡くした正子さんは、母親から聞いた満州からの引き上げの様子など戦中戦後の話を伝えていました。 語る会では遺族からの聞き取り調査により戦没者を追悼するとともに戦争の記憶を伝えていくことにしています。 また8月には今回の調査内容をまとめた報告会も開くことにしています。
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安全・安心なまちづくりへ 意見交換
WHO世界保健機関からセーフコミュニティを認証取得している箕輪町で安全や安心なまちづくりについて考える集いが12日文化センターで開かれました。 「箕輪町安全安心の日の集い」には、各種団体や一般、町関係者など100人が出席しました。 会場では、子どもや高齢者の安全、交通事故防止など5つのテーマに別れワークショップが開かれました。 ホールで開かれた全体会ではワークショップの各グループの代表者が報告を行いました。 このうち、高齢者の交通事故をテーマにしたグループからは、「免許を返納したくてもできない事情がある人も多い。 高齢者が自動車を運転をしなくても暮らせるよう、サポートする体制が必要」と話していました。 また、子どもの安全について話し合ったグループは「大人から子どもへ挨拶する事で、周囲への気配りに繋がり、犯罪抑止につながる」と話していました。 集いではこの他に、町のモデル地区としてセーフコミュニティ活動に取り組んできた北小河内区に日本セーフコミュニティ推進機構から感謝状が渡されました。
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台風6号は温帯低気圧に 引き続き大雨と強風に注意
強い台風6号は12日午後6時頃温帯低気圧に変わりましたが12日夜遅くから13日未明にかけて県内に最も接近し南部を中心に大雨になる見込みです。 長野地方気象台では、土砂災害や河川の増水などに注意を呼びかけています。12日の伊那地域は、最大瞬間風速19.4メートルを記録する強い風が吹きました。 県内には12日夜遅くから13日の未明にかけて最も接近する見通しです。 13日午前6時までの24時間に降る雨の量は南部で70ミリと予想されていて南部を中心に1時間に40ミリの激しい雨が降る所もありそうです。 また、夜遅くにかけて13メートルの強い風も吹く見込みです。 長野地方気象台では、土砂災害や河川の増水に注意するよう呼びかけています。
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三峰川ジョギングロード一部通行止め
上伊那広域連合が進めている新しいごみ中間処理施設建設にともない11日から三峰川サイクリング・ジョギングロードの一部が通行止めとなっています。 通行止めとなっているのは三峰川橋南交差点からおよそ1.6キロの区間です。 施設建設のための工事車両の導入路や堤防整備にともなうもので11日は工事関係者が通行止めとなる区間やその周辺を調査していました。 伊那市が整備している三峰川サイクリング・ジョギングロードは1周およそ10キロですが工事により周回での利用ができなくなります。 迂回路が確保できないことから市では榛原河川公園を起点に3キロ、5キロ、7キロ、10キロの折り返し点を設定し利用者の目安にしてもらうとしています。 周辺には憩い広場も整備する計画で工事期間は平成30年12月末までを予定しています。
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春の全国交通安全運動始まる
春の全国交通安全運動が11日からはじまり警察や交通安全協会がドライバーに事故防止を呼びかけました。 箕輪町の国道153号箕輪バイパスでは警察や町安協がドライバーに安全運転の啓発パンフレットを配り事故防止を呼びかけていました。 運動の基本は「子供と高齢者の交通事故防止」となっていて、通学路や生活道路の安全確保と歩行者保護の徹底を重点課題としています。 伊那警察署管内での今年の事故件数は10日現在169件で去年と比べ15件増加しています。 また死亡事故も2件発生しています。 交通事故が増加傾向にあることから伊那署では夜間や交差点での取り締まりを強化するほか高齢者の事故防止に力を入れるとしています。 春の全国交通安全運動は20日までの10日間で期間中、街頭啓発のほかシートベルト着用状況の調査を予定しています。
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JICA協力隊員が語るネパール地震
独立行政法人国際協力機構ジャイカからネパールへ派遣され地震に遭遇した協力隊員が10日、現地での様子や支援のあり方などについて講演しました。 10日は駒ヶ根市の青年海外協力隊訓練所で、地震に遭遇した隊員が話をしました。 これは訓練中の協力隊候補生が今後の活動に役立てようと企画したもので会場にはおよそ80人が集まりました。 話をしたのは3月にネパールへ派遣された女性隊員3人で4月25日の地震の際、震源からおよそ140キロ離れた首都カトマンズに滞在していました。 立ってはいられないほどの揺れだったということですが隊員は全員無事でした。 しかし情報が乏しいうえに食料や飲み物の備蓄がなかったことから後の対応にとまどったといいます。 ある隊員は「食料や飲料水の備蓄がなかったので買い出しに行ったが、どの程度買っていいのか、どれくらい買うと買い占めになるのか分からなかった。栄養士の隊員がいたので3日分の栄養素を計算し人数分購入するという対応をした。」と話していました。 隊員らは地震の後、地元ボランティアの清掃活動に協力したり日本への情報発信などを行い5月2日に帰国しました。 講演では今後のネパールへの支援のあり方についても話がありました。 支援のうち義援金については「政府にいってしまうとどこにどれくらい行き渡ったか分からない。現地で動いているNGOとか団体は何を買うために寄付を募っているとかどこの村を支援するためお金が必要など情報を発信しているのでそういうところに寄付することがすぐできること。」と話していました。 隊員らは6月に再びネパールへ入る予定で被災地の復興支援などにあたることにしています。
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原発と憲法を考える集い
憲法記念日の3日、伊那市で原発と憲法を考える集いが開かれました。 憲法学者で東京慈恵会医科大学教授の小澤隆一さんが講演しました。 伊那市文化財審議委員会の竹入弘元会長や元信州大学教授の建石繁明さん、元教職員や郷土史家などで構成する実行委員会が毎年憲法記念日に開いています。 小澤さんは、「国のあり方の根幹を変える『戦争立法』日本国憲法9条から考える」と題し講演しました。 小澤さんは、「あれだけ戦争を繰り返し多くの被害を出した20世紀から学ぶべきことは、今度こそ本腰を入れて平和の実現、未完の平和の課題にチャレンジすること。 日本国民として何かと言えば憲法9条を守ることであり、その精神を他の国の人々とも共有すること。」と話しました。 この講演会の様子は、30日からご覧のチャンネルで放送します。
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~春の叙勲 旭日単光章~ 山川文雄さん
受章について山川さんは「そんな器ではないので断ってきたが、方々から電話がくるので受けることにした。」と話します。 中小企業振興功労で旭日単光章を受章した伊那市高遠町西高遠の山川文雄さんは大正15年生まれの89歳。 伊那市西箕輪与地の出身で名古屋の軍需工場に勤め、戦後地元に戻りました。 昭和33年、高遠町の山川燃料店に婿入りし後継者となりました。 昭和58年高遠町商工会会長に就任し平成7年までの4期12年間務めました。 会長時代は商店街の活性化に尽力し無料駐車場の整備や道路拡幅、歩道の設置事業などを手がけました。 城下町の人間の気風というか、「俺の家にいくら財宝が眠っているか分からないのに、その調査もしないでいきなり道路を広げるとは何事だ。」と反発を受けて何回も何回も討論会をやった。 「今は良かったと思っている。道路、歩道を広げて良かった。来てくれたお客さんたちが安心して買い物ができる町並みができたので良かったと思っている。」と話します。 また当時手狭だった商工会館建設にも着手し昭和61年に完成しました。 商工会館建設では仲が良かった当時の北原三平町長と山川さんとで「大広間を役場職員が集まる時使ってもいい」という条件付きで建てることが決まったということです。 地域振興の第一線からは身を引きましたが今も高遠町を大切に思う心に変わりはありません。 今の伊那市商工会について山川さんは「会長を中心によく会員がまとまってやっている。小さい商工会ではあるけれど大丈夫だと思う。」と話していました。
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~春の叙勲 旭日単光章~ 田中信也さん
「みんなの助けがあって選挙ってできているんですよ。 感謝しかないですね」 伊那市坂下の田中信也さん、79歳。 選挙管理事務功労で旭日単光章を受章しました。 田中さんは、平成11年に伊那市の選挙管理委員補充員となり、選挙運営に携わります。 その後、平成15年10月から、10年8か月間、伊那市選挙管理委員会委員長を務めました。 在任中の平成15年12月から始まった期日前投票制度。 期間中は毎日会場に足を運び、投票に立ち会ってきました。 「お年寄りがね、足の悪いような方が市役所まで来ていただいて、 なかなか足の進んでいかない人が一生懸命歩いてきて 投票して、頭を下げて帰られる。 いつも感激するんですけどね」 国会では、選挙権年齢の引き下げが議論されています。 そんな中、田中さんは若者の関心の低さを懸念しています。 「20代の若い人たちね。投票率がうんと悪いわけ。 本当は若い人たちも選挙事務所へ行って、 選挙ってこういうものだってわかってもらうと 投票する気になる気がしますよ。 選挙の中へ飛び込まなきゃ。 人のものだと思ってるとダメなんだと思いますよ」 田中さんは、どうしたら多くの人に選挙に関心を持ってもらえるかを考え続けてきました。 「投票率がいいと、委員長としても本当にほっとする。 投票してくださいと、大きな声で言いたいですね」
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~春の褒章 黄綬褒章~ 熊谷次勇さん
春の叙勲と褒章が28日発表され、伊那ケーブルテレビ放送エリア内からは3人が受章しました。 黄綬褒章を受章した㈲熊谷木工所代表取締役の熊谷次勇さんの喜びの声をお伝えします。 「大勢の皆さんにお世話になってこんな賞を頂けて、また自分の業界のためにもありがたいことだと光栄に思っております」 伊那市荒井の熊谷次勇さん75歳。 熊谷さんは自宅の隣に木工所を設け、手仕事で木製の建具や家具などを製作しています。 昭和30年15歳の時に、初代代表で父の忠治さんに弟子入りをしました。 夜間は上伊那農業高校の定時制に通いながら、昼は木工所で父の作業を見て工程や技術を覚えたということです。 「親父さんからは誠心誠意一生懸命やることを一番言われました。 見て覚えろという時代でしたので、親父さんから手を取って教えていただいたということは1度もないんですけど、たまたま自分の覚える頃は職人の弟子が大勢いましたので、見て覚えました」 「(父・忠治さんは)厳しかったですね。職人ですのであまり余分なことは言わない人でした。大変でした」 昭和50年から跡を継ぎ、現在は弟子の育成にも力を入れています。 一部がガラスになっていて開け閉めができる「雪見障子」 「上と下が風の通るようになっていて、真ん中はガラスで開けると外が見えます」 伊那市役所1階の多目的ホールに、熊谷さんが製作した組子細工が展示されています。 細かい細工模様は熊谷さんが得意とする技法の1つです。 木工職人になってから60年。 モットーにしている言葉は「整理整頓」と「生涯現役」 「プラスチックとかああいう物とは違って木は生きてますので。癒されるんじゃないかなと感じています」
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上伊那招魂社で戦没者慰霊祭
伊那市中央にある上伊那招魂社で23日、例祭が行われ、戦争で亡くなった約5,700柱の霊を慰めました。 伊那公園西にある神社、上伊那招魂社です。 例祭には上伊那の遺族会や社会福祉協議会、神社総代会など200人ほどが参列しました。 神事では、祝詞が奏上されました。 上伊那招魂社は明治40年に建立され、毎年この時期に戦没者を追悼する例祭を行っています。 明治10年に起きた西南戦争から太平洋戦争までで亡くなった5,789柱の霊が祀られています。 毎年この時期に例祭を行っていて、今年で109回目となります。 参列者は玉串を供え戦没者の冥福を祈っていました。 伊藤光宣宮司は「今年は終戦から70年。大勢の人に慰霊の誠を捧げてもらえた事がうれしい」と話していました。
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シベリア抑留慰体験者 長田さんにきく
4月18日に伊那市の春日公園で16回目のシベリア抑留慰霊祭が開かれます。実行委員長で抑留体験のある長田伊三男さんに話を聞きました。 伊那市荒井の長田伊三男さん91歳。 昭和19年に旧日本軍に入隊し任務で中国大陸へ渡り終戦を迎えました。終戦後は、旧ソ連軍に収容されシベリアで石炭の採掘や鉄道の建設などの重労働を強いられました。 シベリアに抑留された日本人は60万人と言われ、そのうち6万人が命を落としたとされています。 抑留体験者や遺族などでつくる実行委員会は、毎年4月に慰霊祭を行っています。しかし、高齢化により年々参加者は減少し、ここ2年間は役員だけで慰霊祭を行ってきました。 長田さんは戦争やシベリア抑留の記憶が風化していく中、体験者だからこそ、伝えていく事が大切と感じています。 実行委員会では今年、3年ぶりに役員の他に、遺族や来賓を招き、シベリアで亡くなった人たちの冥福を祈ります。 慰霊祭は、18日の正午から、春日公園で行われる予定です。
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狐島区 大規模災害に備え訓練
伊那市の狐島区は大規模災害に備えた防災訓練を、5日に行いました。 訓練は、午前7時に震度6強の東海・東南海沖地震が発生したとの想定で行われました。 午前7時半、狐島の公民館に区の災害対策本部が設置されました。 発災から50分ほどが経過すると、狐島にある4つの常会長から、災害対策本部長に被災状況が報告されました。 常会から被災状況が報告されると、情報連絡部が地図上に倒壊家屋や負傷者の場所を記入していきました。 狐島区では、東日本大震災以降、救出や救護を含めた総合的な防災訓練を毎年4月に実施しています。 公民館では、負傷者の応急手当の方法について講習を受けました。 狐島区では、去年、隣接する境区とともに、伊那東小学校、竜東保育園と協定を結び、合同避難訓練を行っていて、地域の防災力の強化を図っていきたいとしています。
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東日本大震災から4年 3.11の今⑤ ある農業青年の葛藤
福島県伊達市出身の農家、橘内孝太さん。33歳。現在知人の家で仮住まいをしています。 福島第一原発事故のあと悩んだ末に高遠で農家として生きる道を選びました。 地元農家から耕作放棄地を借りることが決まり春になればここで野菜づくりを始めます。 孝太さんは福島の農家の家に生まれました。 学校卒業後は「安心して食べてもらえる野菜を作りたい」との思いから実家で無農薬栽培を始めました。 経営的にも軌道にのってきた2011年。福島第一原発事故が起きました。 原発から自宅まではおよそ50キロ。 孝太さんは放射性物質の影響を考え7年間続けてきた福島での野菜づくりを断念しました。 孝太さんは「現状農業は難しい。人間の力ではどうにもならない。」と話します。 農家の知人がいる高遠町で農業を手伝い3年が経過した去年。 この場所で農家として生きていく決断をしました。 孝太さんが生まれ育った福島県伊達市梁川町。 原発事故は福島の農家に大きな損害を与えました。 孝太さんの父、孝一さんの農地のすぐ近くにも放射線の除染作業で出た土が仮置きされています。 孝一さんは「福島という場所を考えたときもうすでに普通じゃない。福島がもう本来の前の福島じゃないし戻ることもない。」と話します。 原発事故は橘内さん家族の生活を大きく狂わせました。 孝太さんは「福島を忘れたわけではないけどそのまま置き去りにしてきて、だんだん福島の感覚がうすくなっている。」と言います。 あれから4年。 孝太さんは高遠で農業をしていくことに葛藤を抱えながらも少しずつ前に進もうとしています。
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まもなく4年
3月11日の東日本大震災福島第1原発事故からまもなく4年。 8日は、脱原発を訴える集会とデモ行進が伊那市で行われました。 いなっせ北側広場には、70人が集まり、脱原発を訴えました。 さよなら原発上伊那の会の山本真吾会長は、「福島はまだ終息していない。伊那から発信していきたい。」と参加者によびかけました。 集会では、参加者が、それぞれの思いを発表しました。 集会に引き続き、反原発を訴えるプラカードなどを手にした参加者が、いなっせから伊那北駅までをデモ行進して、脱原発をアピールしていました。
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東日本大震災から4年 3.11の今③ 海苔網がつなぐ絆
2014年12月、いなっせ北側広場。 伊那商工会議所青年部企画のイルミネーションが行われました。 ここで使われたのは、海苔の漁で使う網です。 宮城県の漁師からもらったものです。 宮城県東松島市の海側に位置する、大曲浜地区。 海苔の養殖生産が盛んな地域です。 イルミネーションの網は震災前、ここで使われていました。 伊那商工会議所青年部の高見洋平さん。 今でも大切に網を保管しています。 高見さんは、去年11月、大曲浜を訪れ、漁師と一緒に海苔の漁も体験しました。 復興にむけて頑張っている漁師たちの事を伊那の人にも知ってもらい、東北に目を向けてもらおうと、網を使ったイルミネーションを企画しました。 震災直後、壊滅的な被害を受けた大曲浜。 震災後、漁師たちは、海苔の養殖が盛んな大曲浜を復活させようと奮闘しました。その時にみつけたのが、あの網でした。 大曲浜の海苔漁師、津田大さんは「道具をかき集める事しかできなかった。網一つでも貴重なものだった」と話します。 伊那商工会議所青年部の高見洋平さんは、そんな漁師たちの姿を見てファンなったと話します。「東北に関心を持つ、その事もこれからの復興支援の一つの形なのかな」- 漁師の津田さんは「今は復興の様子を見せたい。元に戻るだけじゃなく、進化した東北を見せる事が皆さんへの恩返し」と話していました。 午前5時半。今日も漁師たちが海へと向かっていきました。 伊那商工会議所青年部では、今月下旬にも義援金を東北に届けに行く予定です。
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確定申告きょうから始まる
16日から平成26年分の確定申告が始まりました。 去年から復興特別所得税を所得税と併せて申告することになっています。 伊那税務署の申告会場となっている、伊那市のいなっせには、朝から多くの人が訪れ申告を済ませていました。 確定申告は農家や自営業者、年収が2千万円を超えるサラリーマンなどが対象となっています。 去年から、基本所得税額の2.1%を復興特別所得税として申告することになっています。 復興特別所得税は、東日本大震災の被災者救援にあてられるもので、平成49年までの25年間適用されます。 伊那税務署では、「会場では担当者や税理士がわかり易く説明しているので、期限までに手続きをお願いしたい」と呼びかけています。 所得税、贈与税の確定申告は3月16日(月)まで伊那市のいなっせで受付が行われています。
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花粉飛散量 例年の半分
飯田保健福祉事務所は26日、今年春の飯田下伊那地域の花粉飛散予測を発表しました。 スギ・ヒノキの花粉飛散量は去年よりやや少なく、例年と比べても 少なくなると予測しています。 26日は飯田市の飯田合同庁舎で担当職員がスライドガラスについた花粉の飛散量を確認していました。 1月から5月までの累積花粉量の予測値は1平方センチメートルあた1976個で去年と比較するとおよそ73%とやや少なく例年と比べても49%少なくなっています。 また花粉の飛散開始時期については2月中旬の後半から下旬の前半と予測しています。 飯田保健福祉事務所では外出時はマスクやメガネを着用し花粉を体内に入れないようにするなど対策を早めにとるよう呼びかけています。
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仕事始め 新たな1年のスタート
企業や行政機関の多くは5日が仕事始めとなりました。 仕事始め式ではトップが訓示し新たな1年のスタートを切りました。 伊那市西箕輪のルビコン株式会社は電解コンデンサの製造を主力としています。 仕事始め式には社員およそ400人が出席しました。 訓示で登内英夫会長は「お客様に待たれる商品をつくり勝てる企業になろう」と呼びかけました。 ルビコンでは「新たな挑戦~お客様のために お客様とともに~」を今年のスローガンとしていて信頼され買ってもらえる商品づくりを目指すとしています。
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真珠湾攻撃で捕虜となった海軍少佐と対面
73年前の昭和16年12月8日。 日本海軍はハワイオワフ島の真珠湾を奇襲攻撃しました。 この時特殊潜航艇で突撃し捕虜となった海軍少尉と戦後対面した伊那市の三澤和人さんに話を聞きました。 三澤さんは昭和2年生まれの88歳。 昭和18年に16歳で海軍に入り2年後終戦を迎えました。 戦後ジャイカ国際協力機構に入り戦争に関する聞き取り調査などを行ってきました。 ジャイカでブラジルに赴任した際、真珠湾攻撃に加わり特殊潜航艇で突撃し捕虜となった酒巻和男さんと対面したといいます。 酒巻さんについて三澤さんは「温厚で人格的にも立派な人だった。ただ精神的には苦労なさったようです。」と振り返ります。 対面したのは終戦から27年が過ぎた昭和47年でその時の様子を本にまとめ出版しています。 真珠湾攻撃の際、特殊潜航艇で突撃したのは10人で酒巻さん以外は全員が戦死。 「九軍神」と呼ばれ英雄となりましたが酒巻さんは生き残り捕虜となりました。 当時捕虜となることは屈辱とされ収容所で自決を試みましたが思いとどまったといいます。 戦後ブラジルで会社経営者となり平成11年81歳で亡くなりました。 三澤さんは国のために真珠湾攻撃に参加し捕虜となった酒巻さんと対面したことで戦争の悲惨さを改めて実感したといいます。 三澤さんは「戦争というものはやるべきではない。不幸をもたらすだけだ。できるならば戦争をしない平和な国づくりをやっていただきたい。それを痛切に思っている。」と話していました。
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高遠高校卒業生宅に息子を装う不審電話
伊那警察署は高遠高校の卒業生が居る家庭に、息子を装う不審電話が相次いでいるとして注意を呼びかけています。 伊那警察署によりますと、息子を装った不審電話は、4日午後8時30分から5日午後4時までに6件確認されているということです。 6件とも40代後半の高遠高校の卒業生がいる家庭にかかってきているということです。 内容は、「風邪を引いた」「会社に携帯電話と財布を忘れた」「支払について会社から連絡があると思う」などというものです。 伊那署では、「携帯電話番号が変わった」「風邪をひいた」というキーワードは詐欺を疑い、本人に確認するとともに、現金の振り込みや持参の依頼には応じず家族や警察に相談するよう呼びかけています。
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美和ダム 減勢工の調査「異常なし」
天竜川ダム統合管理事務所が管理している伊那市長谷の美和ダムの下流にある減勢工の健全度調査が、21日行われ、異常がないことが確認されました。 美和ダムでは、国土交通省が進めるインフラ長寿命化計画に基づいて、去年総合的な点検作業を行い、問題なしと評価されました。 ただ、放水の勢いを抑える「減勢工」が、点検の際に満水状態で調査が行われなかったため、今回初めて全ての水を抜き調査が行われました。 調査には、県や市町村職員などおよそ30人が見学に訪れました。 美和ダムは建設から55年経っていて、減勢工は底面の厚さが2メートル、側面が最大で4.5メートルのコンクリートで造られています。 調査は、コンクリートの亀裂や損傷、底面に大きなくぼみが無いかなどを確認しました。 管理している天竜川ダム統合管理事務所では、美和ダムを永久的に利用できるよう今後も日常的な点検や総合的な点検を行っていくということです。
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薬物乱用防止で表彰
薬物乱用防止に功績のあった南箕輪村の男性と伊那市高遠町の女性が県薬物乱用対策推進協議会長表彰を受賞しました。 27日は表彰状の伝達式が伊那合同庁舎で行われました。 受賞者のうち南箕輪村の毛利庄司さんは20年以上にわたり県薬物乱用防止指導員としてその防止活動に参加してきました。 伊那市高遠町の伊藤由紀子さんは12年にわたり指導員として啓発活動に参加してきました。 賞状を伝達した伊那保健福祉事務所の寺井直樹所長は「今はインターネットで簡単に薬物を入手できてしまう。危険な薬物から地域を守るため引き続き尽力してください。」と激励していました。
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リニア中央新幹線 工事着工認可
太田明宏国土交通大臣は2027年に東京、名古屋間での開業を目指すリニア中央新幹線の工事着工を17日認可しました。 リニア中央新幹線は東京、名古屋の間をおよそ40分で結ぶもので2027年の開業を目指しています。 線路の延長は285キロメートル工事費はおよそ4兆円、車両費などを含む総工事費は5兆5千億円を見込んでいます。 JR東海では工事認可を受け「日本の大動脈輸送の二重化を実現するプロジェクトが建設の段階に入っていく。安全と環境、地域との連携を重視して早期実現に向けて取り組んでいく」としています。 上伊那広域連合の白鳥孝連合長は「伊那谷にとって新たな時代への第一歩が具体的に動き出すことになるので大いに期待する。JRに対しては工事に際して残土運搬など大きな影響を与える事項もあるので関係住民や自治体に十分な説明をすると同時に環境への影響を最小限にする努力をするなど地域の理解を得ながら工事を進めるよう強く要望する」とのコメントを出しています。
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御嶽山噴火で南箕輪村の男性死亡
御嶽山の噴火で南箕輪村神子柴の男性の死亡が11日確認されました。 木曽警察署によりますと死亡が確認されたのは南箕輪村神子柴のアルプス中央信用金庫職員、髙木啓光さん37歳です。 髙木さんは山頂付近で心肺停止状態で見つかり11日午後3時過ぎ死亡が確認されました。 死因は噴石が当たったことによる損傷死だということです。
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台風19号14日未明最接近
大型で非常に強い台風19号は14日未明から明け方にかけて県内に最も接近する見込みです。 秋のバラ祭りが行われている高遠しんわの丘ローズガーデンでは13日のイベントの中止を決め台風への備えを進めています。 高遠しんわの丘ローズガーデンでは12日から秋のバラ祭りが行われていて12日も県内外から多くの人が鑑賞に訪れていました。 期間中は豚汁の無料サービスやバラの育て方相談などが行われていますが、13日は台風接近にともないこれらのイベントの中止が決まりました。 バラを管理する伊那市振興公社の職員は風で倒れたり折れたりするのを防ぐため数本ずつヒモで束にする作業にあたっていました。 伊那市振興公社では連休中のイベント中止を残念だと話すとともに見頃となったバラに影響が出ないか心配していました。 一方伊那市羽広でぶどうを栽培している小池農園では、ぶどう狩りの予約が入っていることから台風前も収穫ができない状況です。 長野地方気象台では低い土地の浸水や川の増水、土砂災害などに注意するよう呼びかけています。
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戦争をさせない1000人委員会・上伊那が発足
憲法9条を守り、集団的自衛権の行使容認に反対する「戦争をさせない1000人委員会・上伊那」の発足集会が8日、南箕輪村民センターで開かれました。 8日夜の発足集会では、特定秘密保護法や、集団的自衛権の行使容認に反対し、戦争をさせないとするアピール文が採択されました。 戦争をさせない1000人委員会は今年3月に全国組織として発足しました。 県内で地域単位の組織が発足したのは、松本、ながのに次いで3番目です。 呼びかけ人を代表して伊那市の行政書士、二瓶裕史さんは「小さな力が集まる事で大きな力になる。憲法とは何かを一人一人が学んで伝えていく事が大事」と話しました。 また、6歳の時に父親が出征しシベリアに抑留され亡くなった、伊那市の長桂寺住職、内藤英昭さんは、「戦争を体験した人は戦争の匂いがするものが本当に嫌い。多くの若者や次の世代に伝えていきたい」と話していました。 戦争をさせない1000人委員会・上伊那は、当面、上伊那地区労働組合会議内に事務局を置き、趣旨に賛同する個人や団体を募っていくという事です。