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飯島町長選挙、11月13日告示、18日投票
飯島町選挙管理委員会は20日、定例会議を開き、11月29日に任期満了となる飯島町長選挙日程を決めた。告示は11月13日、投票は同18日、立候補手続き説明会は10月24日、立候補届出の事前審査は11月8日。投票区は従来の9から7に減ることになった。
現職の高坂宗昭氏(65、1期目)=七久保=は、6月の町議会一般質問で宮下寿議員が「早く2期目の出馬表明を」と促すも「いずれ時期がくれば、判断しなければならないと思うが、現時点ではない」と述べるに留まり、態度を明確にしていない。9月の定例会で、同様の質問が出されれば、任期最終の定例会であり、なんらかの意志表示があると見られている。
一方、前回(03年)選挙では告示日の前日に、元町議で副議長を務めた林英彦氏を擁立し、善戦した共産党も対応を明かにしていない。 -
フェスティバルin与田切,07」にぎわう
飯島町観光協会主催の「フェスティバルin与田切,07」は18日、残暑厳しい与田切公園でにぎやかに開かれた。
会場には小鳥の巣箱を作る木工教室、竹串パン、竹とんばやトンボ玉づくり、紙ヒコーキ大会など昔の遊びやゲーム、各種体験などが目白押し。
与田切川をせき止めて作った池には、20センチから50センチ以上のニジマスが700匹放流され、子どもは夢中になって、大物を狙ってつかみ取りをした。捕まえたニジマスはその場で焼き、熱々をほおばった。
高所作業車の搭乗体験では、子どもたちは12メートルの上空から公園を見下ろし、遊覧車気分を味わった。
飲食コーナーでは五平もちやカレー、馬ロッケちゃん、かき氷などが販売され、来場者の食欲を満たした。
野外ステージではフルートのさわやかな音色を赤松林に響かせた。 -
日章旗64年振りにふるさと飯島に万感の帰還
太平洋戦争の激戦地、ガナルカナル島で戦死した飯島町七久保出身の日本兵、故宮下忠男さんの武運長久を祈る日章旗が17日、飯島町役場で、ガ島から持ちかえった元米海兵隊、故デッド・チャールズ・ポールセンさん(米国ユタ州)の関係者から、64年振りに遺族に返還された。
役場には昨年8月に亡くなったデッド・チャールズさんの息子、ロリン・デッドさんから、友人を通じて、日章旗の持ち主探しの依頼を受け、日本に持参したイエス・キリスト協会のデビッド・ロバーソン夫妻(東京在住)が訪れ、戦死した忠男さんの実弟、北沢照雄さん(86)に手渡された。
北沢夫妻をはじめ、妹夫婦ら遺族9人、町、日本側の協力者、関口浩さんら約20人は万感の思いを胸に、両国の絆と平和を祈るセレモニーを見守った。
忠男さんは1918年七久保村うまれ、39年応召され、43年11月2日、ガダルカナル島で戦闘に参加、中部太平洋上で撃沈され、戦死(享年25歳)したとされている。階級は軍曹。遺骨や遺品は届いていない。
関口さんの説明では、ポールセン海兵隊員は一級砲手として、ガ島で戦い、日本兵の生死を確認するため、1つ1つ遺体を調べる中で、階級の上と見られる遺体から、ピストルや短剣とともに日章旗を本国に持ち帰った。以来、勇敢に戦った日本兵士への敬意を込め、大切に保管していた。数年前から、持ち主の遺族に返還したいという思いが募り、友人を通じて、ロバートソンさんに遺族を探してくれるように依頼した。
日章旗には七久保神社や村関係者などの署名はあったため、昨年11月、飯島町に照会があった。しかし、出征兵士の名前「為書き」が無かったため、持ち主探しは難航、1時はあきらめかけたが、7月の飯島町戦傷病没者追悼式を機に、51人の署名者のうち、村外者4人は親族では考え、その方向から調査を再開、8月10日に持ち主が判明。その報告が米国のポールセン家に届いたのが14日、奇しくもデッドさんの一周忌の命日だったという。
ロバートソンさんは「19年前から度々来日し、日本の人々の交流する中で、どうして、このような愛のある、すばらしい人たちと戦いを起したのか理解できないと感じた。人と人の間に愛と理解があれば戦いは起きない。日章旗の返還に参加できたことに感謝している」と話した。
また、遺族を代表し北沢さんは「兄の遺品が戻ることなど、夢にも思わなかった。多くの皆様のお骨折りのお蔭」と感謝していた。 この後、遺族らは墓参りをし、墓前に報告した。遺品の日章旗は忠男さんの実家である宮下家で保管するとか。 -
伊藤修さん(57)飯島町飯島
中川村歴史民俗資料館に収蔵されていた手回し蓄音機やSPレコードを使って、7月2日に同館で初のミニコンサートを開いた。以来、要望があれば、村内の宅幼老所に出前し、高齢者にレトロな雰囲気と懐かしい曲を聞かせ、喜ばれている。
「ボタン1つ、スイッチを押すだけで、正確な音が出るのが当たり前の世界の中で、手回し蓄音機から出る音は、若い人には新鮮に響き、中高年には懐かしく心に沁みる」。
◇◇
1950年、飯島町に生まれ、地元の高校を卒業後、両親の勧めで福祉系大学を卒業後、町役場教育委員会で専門に発掘調査を担当した。「中学生時代から発掘に興味があり、高尾遺跡の出土品の復元、整理に関わり、それがやみつきになり、高校、大学時代も発掘に熱中した」。
入庁後は七久保地区のほ場整備事業の進ちょくに伴い、縄文早期のかごた遺跡、高尾遺跡、唐沢城、針ケ平第1遺跡など次々と発掘調査を進めた。「針ケ平では約3万年前の旧石器が発見されたり、寺平では梵鐘(ぼんしょう)が見つかるなど収穫もあったが、仕事で発掘するようになってからは、楽しいとは思わなかった」とか。
89年から飯島陣屋復元事業に参加「県史跡のため、説得力のある資料作成に苦労した」。並行して飯島町誌編さんも進め、96年町誌完成後、町役場を退職。翌年から中川村誌の編さんに準備段階から加わり、昨年度完成を見た。「市町村誌は50年に1度位しか行なわない基本的資料の編集。そういうタイミングに出会い、関わることができて、幸せだった」。
現在、歴史民俗資料館で行政資料台帳作成を進めている。
好評だったSPレコードのミニコンサートは第2回を9月に予定する。希望があれば、出前にも対応するとか。また「使わなくなったSPレコードがあれば、後世まで保存し、聞いてもらうために、資料館にぜひ、寄贈を」と呼びかけている。
妻と次男、母の4人暮らし。(大口国江) -
144人が大人の仲間入り
飯島町は07年度成人式を15日、飯島文化館で開いた。新成人144人のうち、約百人が出席し、町理事者や町議会議長、恩師らの祝福を受けた。
町と新成人でつくる実行委員会が企画、進
行したこの式典で、高坂町長は「多くの権利と同時に国や社会に対して、責任ある行動が求められる」と成人としての自覚を促し「過去に学び、夢を抱き、21世紀の輝かしい担い手になって」と式辞を述べた。
来賓の織田町議会議長、河野通昭教育委員長、恩師の川上陽一さんらはそれぞれ祝福の言葉を贈り激励した。
引き続き、新成人の代表に飯島商品券、いいちゃんグッズが贈られ、成人者からは文化館のキッズステーションに備える遊具、プレイランドジム、クジラのシーソーなど3点が寄贈された。
また、新成人を代表し、古川拓哉さんは「壁や挫折にぶつかっても、希望を忘れず、夢を可能にする努力をしたい。みなさんに支えられ、今日を迎えることができたことに感謝し、これからも精いっぱい頑張りますので、ご指導を」とさわやかに、成人の決意を述べた。
この後、記念公演に移り、クラス対抗「早飲み競争」でクラスの団結を確認し、最後に記念撮影を行い、思い出深い節目の式を閉じた。 -
「いいじまはないち」にぎわう
飯島町の「いいじまはないち」(わが町は花で美しく推進機構主催)が12日、上の原のJA上伊那果実選果場で開かれた。この日は日曜日とあって出足好調、町内外から大勢が訪れ、開始前から長い列ができ、色とりどりの花々をじっくりと品定めして2束、3束と買い求めた。
「はないち」は今年で18回目。シマカヤやオミナエシ、アスター、リンドウ、トルコキキョウ、テッポウユリなどを束ねた大、中、小、単品の花束4種類3千束を用意した。花は全体で約40種類、3万本余。
会場では小中学生のボランティアも大活躍、ばら売りの本数を数え、計算票に記入するなど、かいがいしく、販売を手伝っていた。
また、五平もちやたこ焼の出店、モモや野菜の販売もあった。
関係者によると、今年はボリウムのある850円の束が人気で、飛ぶように売れているという。 -
江戸時代の村人になって、ソバの種まき
歴史体験で青少年の健全育成を図る飯島陣屋元気もりもり塾(飯島町教委主催)が11日あり、子どもも大人も江戸時代の村人になって、ソバの種まきをした。
江戸から昭和初期の野良着を着こみ、菅笠(すげがさ)を被り、上の原の休耕田前に集合した参加者13人を前に、唐沢隆係長は「昔、岩間でソバづくりが盛んに行なわれた。ソバは生育おう盛で、肥料がなくてもたくさん収穫できる」と説明。 この後、素足になって、くさかきで土の表面をならし、綱を移動しながら、2アールに赤ソバの種を筋蒔きした。
この日は気温35度の炎暑、子どもたちのはだけた胸元に容赦なく太陽が照りつけ、汗をぬぐいながら、昔の農作業に精を出した。
弟と参加した堀越達貴君(小学2年)は「着物は脱げそうになるけど、楽しい」と話していた。
この日まいたソバは11月11日にみんなで刈取り、12月22日に自分たちで打って味わう。 -
飯島町ママさんバレー「どんぐり」が全国大会へ
山形県天童市で9月6日から開く第38回全国ママさんバレーボール大会に出場する飯島町のどんぐりチーム(宮脇明子監督、井口智世主将、15人)の激励会が9日、役場であった。どんぐりは6月10日、松本市総合体育館で開いた県予選大会で優勝し、全国に駒を進めた。町では初めての快挙。
県予選では準勝戦では昨年の北信越大会で涙を飲んだ「さつき」を2対1で下し、決勝では1昨年2回戦で敗れた「もちづき」を2対0で撃破し、初の優勝を手にした。
高坂町長は激励金を手渡し「全国大会出場は町は初めての快挙。県代表として、体調を整え、パワーをいかんなく発揮して、必勝を」と激励した。
選手を代表し、井口主将は「県大会では因縁の対決を制し、優勝できた。年々、少しずつ力がついて来たと実感している。県代表として、恥じないように、精いっぱい頑張ります」と健闘を誓った。 選手は次の皆さん(敬称略)
宮脇明子(監督)、井口智世(主将)柳生香織、黒塚志保、佐々木ちか江、芦部富子、高橋千代美、茅野克子、財前陽子、宮沢紀子、湯沢初美、下平絵美、杉原恵美子、米山由江、小河かおり -
赤坂グリーンヒル地域交流センター起工式
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##(見出し(2))
飯島町赤坂の赤坂グリーンヒル地域交流センターの安全祈願祭が9日、現地であった。町や町議、地元、施工業者ら約30人が参列し、神事を行ない、工事中の安全と、期限内完成を祈った。
交流センターは町土地開発公社が分譲中の赤坂グリーンヒルの1区画に建設。敷地面積432平方メートル、木造平屋建て瓦ぶき。建築面積72・1平方メートル。12畳の集会室2室、8畳の調理実習室、トイレ、玄関などを設ける。総事業費1155万円(うち40%は町づくり交付金、残りは地元負担)。11月20日完成を目指す。
高坂町長は「地元の熱意により建設の運びとなった。完成後は協働のまちづくりの活動拠点として、有効活用を」と期待した。 -
超大型店出店計画で意見交換
飯島町産業振興審議会が7日、役場であり、伊南地域への超大型店「ベイシア」「カインズホーム」セット出店計画について意見交換した。審議会では「超大型店との共存共栄は不可能。出店すれば、飯島町をはじめ伊南4市町村の既存小売店は壊滅的な影響を受ける」との認識で一致した。
駒ケ根市福岡地籍の伊南バイパスを挟んで、西にカインズ、東にベイシアを立地する計画が浮上。これを受け、7月10日、上伊那7商工会連名による「上伊那地域への超大型店出店に対する反対要請」が高坂町長に手渡され、8月1日、「伊南地域への超大型店進出に断固反対する共同声明」が伊南地域の商工会、市町村長、市町村議会議長などの連名で出された。
意見交換では「各商店が消費者ニーズに対応することを考えることが大切」など厳しい意見もあったが「一般の消費者にどうして反対するのか、理解されていない。消費者へのPRが必要」「町は農業、商工業など各産業が均衡ある発展によるまちづくりを進めている。その点からも超大型店の出店は望ましくない」「出店阻止には、消費者の理解と住民運動の盛り上がりが必要」など意見が出された。 -
斑鳩町小学生来町、飯島町の子どもたちと交流
飯島町と姉妹提携している奈良県斑鳩町の3小学校5、6年生30人は4日、2泊3日の日程で来町。陣馬形に登山したり、飯島町の子どもたちとマレットゴルフで交流を深めた。
斑鳩町制60周年記念事業として、飯島町で自然体験したり、子ども同士の交流で、両町の絆を深めようと計画。斑鳩の子どもたちの来町は5年ぶりとか。
初日は子どもたちとスタッフ合わせて43人を迎えて、与田切公園で歓迎式。高坂町長は「おいしい果物や野菜をしっかり食べて、夏休みの楽しい思い出づくりを」と歓迎。斑鳩町の小城利重町長は「飯島町は水と空気がきれい、自然を満喫し、飯島町の人々と交流を深めたい」とあいさつした。
この後、子どもたちは林間でスイカ割りをしたり、与田切川で水しぶきをあげて、川遊びに興じた。
2日目(5日)は標高1452メートルの陣馬形に登り、山頂から飯島町全体の眺め、地形を観察した。
最終日は七久保の千人塚マレットゴルフ場で、飯島町社協のスリーハートとわんぱくスクールの子どもたちとマレットゴルフで親ぼくを図った。
斑鳩町の上村愛加さん(5年)は「飯島町は空気がいい、山が近い」。西村和真君(6年)は「初めてマレットゴルフをしたが、とても楽しい。バーデーも出た」とうれしそう。 -
若葉の会(中村敬子代表、5人)
飯島町のわが町は花で美しく推進機構(花機構)が毎年8月12日に開く、「いいじまはないち」を支える花生産者グループ。今年も盆花の主役、アスター3000本、小菊200本、ケイトウ300本を生産、出荷する計画。「開花時期を『はないち』に合わせることが1番難しい。今年は花の生育がそろい、まずまずの出来映え」と代表の中村さんは胸をなでおろす。
10数年前、JAの「野を楽しむ会」から発展し、手作り漬け物グループとして発足。現在も中村代表と中村芳子さん、木下愛子さんの3人が家庭菜園で採れたキュウリやナス、ダイコン、ニンジン、ミョウガなど持ち寄り、共同作業で漬けた福神漬け「福美人」。キノコのからし漬け「きのこちゃん」。ナスのカラシ漬けなどを道の駅「花の里いいじま」で販売している。
「いいじまはないち」には結成当初から参加。初めは庭先の花を束にして出荷していたが、約10年から花機構の依頼を受け、本格的にアスターなどを栽培することになった。
横山純子さんと上山美和子さんも加わり、5人がそれぞれ、30平方メートルほどのほ場で、ピンク、赤、紫の3色のアスター1000本余と小菊、ケイトウを栽培している。
主力のアスターは4月1日ころ種まき、仮植、5月下旬定植。春陽気が定まらず、生育にばらつきがあったが、夏になってようやくそろい、8月初旬から咲き始めたという。
初挑戦のケイトウもトカサの赤い部分も見え始め、「はないち」には間に合いそう。
代表の中村さんは「『はないち』に出すことで会が潤い、絆も強まる。個人的には小遣い銭にもなってうれしい。アスターは盆花には欠かせない花。手が余りかからないし、花数も多く、ボリウムもある」と話す。
同グループの花づくりを指導してきたJA上伊那の織田和洋さん、谷口昭一さんは「盆花として、時期を外さず、良い花を作っている。プロ級だ」とほめている。
第18回「いいじまはないち」は12日午前8時縲恁゚後2時(完売次第終了)まで、JA上伊那飯島果実選果場で開く。盆花束や盆花のバラ売りのほか、盆ござ、地元産の野菜、果物、漬け物、五平もち、おやきなどの販売もある。詳細は役場内花機構(TEL86・3111) -
朗読劇「青い目の人形 学校日誌」
平和を考える手作り朗読劇「青い目の人形、学校日誌」が3日夜、飯島文化館で初演され、地元の小学生から高齢者まで30人余で創りあげた舞台を満席、約500人余が鑑賞。平和の使者として贈られた青い目の人形の無言のメッセージに耳を傾け、子どもたちまで巻きこむ戦争の酷さを直視し、不戦の誓いを新たにした。いいじま文化サロン・この子たちの夏を読む会主催。
副題は「世界の平和は子どもから」。台本は滝沢孝夫さん(駒ケ根市)が80年前、アメリカから贈られた七久保小学校の青い目の人形の運命をテーマに書下ろした。同校に現存する「昭和2年学校日誌」。関係者の手記などを参考にした。「青い目の人形」「人形を迎える歌」「リンゴの歌」などのほか、軍歌などを挿入、背景に記録映像が投射され、臨場感を与えた。
物語は1927年(昭和2年)4月2日、日の丸と星条旗の旗を振って、人形を迎える式から始まる。ギューと抱くと「ママー」となく人形に子どもたちは大喜び。日中戦争から太平洋戦争へと軍靴の響く中、敵国の人形として、壊されようとしたが、時の校長と女性教師の働きで書架の奥深く隠された。そして、1986年、人形は発見され、再び日の目を見るまで、激動の昭和を時代背景に、人形を通して、平和の尊さを訴えた。 -
道の駅「花の里いいじま」オープン5周年
飯島町七久保の道の駅「花の里いいじま」はオープン5周年を迎え3日、記念式典を同所で開いた。地元農産物や加工品直売などで開設以来順調に客足も伸ばしており、今年中には有料利用者100万人を達成する勢い。今後も自然、農業、交流を兼ね備えた町の発信基地となるよう、さらなる期待を寄せた。
関係者約60人が出席。道の駅玄関でくす玉を割り、うちわを配るなど、利用者と一緒に節目を祝った。
買い物や飲食などした有料利用者数、販売実績ともに年々上昇。直売、食堂に加え、ジュース、パンの加工施設も充実し、今年上半期の売上げも前年同期を3%上回っている。
席上、北原秀美マネージャーは「農産物はじめ町内産の商品が7割強を占め、伊那谷そのものが道の駅に並ぶ品目構成。お客様の期待を裏切らず、右肩あがりで成長を続けることができた」と説明。
駅長を務める高坂宗昭町長は「予想を上回る多くの人を迎えることができ、喜ばしい限り。5周年を契機にさらなる飛躍を」と、農家や食堂、加工販売に携わる関係者などスタッフ全員の努力に感謝した。 -
モモの出荷作業本格化
飯島町上の原のJA上伊那飯島果実選果場で1日から、モモの選果、出荷作業が本格的に始まった。ピークは5日縲・0日頃で17日までに55トンが出荷される。
初日は中川村を中心に、12人が1800キロを持ち込んだ。
品種は白く柔らかな「白鳳」と、果肉が赤く、硬めの「あかつき」。
目視でキズ、色、形を見たり、選別機で大きさで分けられ、5キロずつ箱詰された。
JA上伊那南部グリーンセンターの寺沢満さんは「収穫は1、2日遅れ気味。作柄は平年並み。好天が続き、糖度も乗って、おいしい」と話している。
また、併設の直売所も開所、全国発送や直売なども始まった。 -
モモの出荷作業本格化
飯島町上の原のJA上伊那飯島果実選果場で、モモの選果・出荷作業が本格的に始まった。ピークは5日縲・0日で、17日までに55トンが出荷される。
初日は中川村を中心に、12人が1800キロを持ち込んだ。
品種は白く柔らかな「白鳳」と果肉が赤く硬めの「あかつき」。
目視でキズ、色、形を見たり、選別機により大きさで分け、5キロずつ箱詰する。
JA上伊那南部グリーンセンターの寺沢満さんは「収穫は1縲・日遅れ気味。作柄は平年並み。好天が続き、糖度も乗って、おいしい」と話している。
また、併設の直売所も開所し、全国発送や直売も始まった。 -
駒ケ根署が上半期犯罪状況まとめ
駒ケ根署(山本修作署長)は管内の上半期(1縲・月)犯罪発生・検挙、交通事故状況をまとめた。
刑法犯は認知件数が176件で対前年同期比25件減だったが、検挙件数は222件で昨年の56件から大きく向上。検挙率は126・1%となった。要因として、ブラジル人グループによる連続窃盗や、駒ケ根・伊那署管内の連続出店荒らしなどの事件を検挙したことが挙げられる。街頭犯罪では車上狙い、自販機狙いなど多くが減少する中、自転車盗みが22件発生。37・5%増となった。
交通事故は発生件数99件で対前年比15件減。負傷者は130人で31人減。昨年同時期ゼロだった死者は1人。市町村別発生件数は駒ケ根市62件(対前年比6減)飯島町16件(2増)宮田村15件(12減)中川村6件(1増)だった。傾向として女性が第1当事者の事故が39・4%、高齢者事故が30・3%と高い比率を示している。
同署はこの状況を交番・駐在所用広報紙の特別版「お伊で南しょ」に掲載して回覧する。 -
成人式実行委員会と町長が初の懇談
飯島町の新成人でつくる成人式実行委員会は1日夜、文化館で第3回実行委員会に合わせ、高坂町長と町の活性化、町への要望などをテーマに膝を交えて懇談した。
実行委員の中から、成人式の記念品に町の活性化に役立つものをなどの声が上がったことから、町長との懇談会を企画。
委員ら16人が参加、高坂町長は委員ひとり一人に南駒ケ岳が印刷された名刺を手渡し「生まれも育ちも飯島町」と自己紹介し「かけがえのない南駒ケ岳を望むふるさと飯島。町や家族を片時も忘れず、大切にすれば、必ず人生はすばらしいものによる」と揚々たる未来を祝福してあいさつ。
懇談では委員から「地元に帰ってバイトをしているが、高齢者が生活しやすい町に」と要望。「産婦人科が減り、地元でお産できないのではと心配」との声には「必死で近くの病院でお産ができるように対応している」と答えた。
また、「飯島町の良さは自然、企業誘致は自然を削ることにはならないか」との厳しい意見もあり「自然を最大限に守りながら、秩序ある開発をしたい」とした。
このほか、「飯島町には若者が集い遊べる場所がない。若者向けの飲み屋も少ない」など不満の声もあった。
ほとんどの委員が勉学や仕事で町外に出ていることから、高坂町長は「町は企業誘致や住宅、子育て支援など積極的に取り組み、皆さんが帰って来てくれるのを待っている」と、Uターンを期待した。
なお、飯島町成人式は8月15日午前10時から、文化館で町が主催し、成人者の実行委員会が運営する。新成人は114人。
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超大型店進出反対の共同声明
食品や衣料などを扱うスーパー「ベイシア」とホームセンター「カインズホーム」が合計店舗面積1万平方メートルに及ぶ新店舗を駒ケ根市福岡の伊南バイパス沿線に出店する計画があるとする情報を受けて伊南4市町村の商工会議所会頭、商工会長、市町村長、市町村議会議長、上伊那農業協同組合長は連名で1日「進出に断固反対する」とする共同声明を発表した。説明によると大型店占有率は県下全体では59・4%であるのに対し駒ケ根市は69・8%(3月末現在)。仮に1万平方メートルの店舗が立地すれば73・9%となり、良好な商業環境のバランスを大きく失う竏窒ニしている。声明ではこれに加え、優良農地の保全が強く求められている中、秩序あるまちづくりを進める上でこれ以上の超大型店の進出は住民の望むものではない竏窒ニしている。出店の影響は駒ケ根市だけにとどまらないことから、県商工会連合会上伊那支部広域協議会が4市町村に働き掛けて声明をまとめた。
進出に当たってこれまでベイシア側から駒ケ根市への説明などは一切ないため、具体的な規模や出店計画などは現在までのところ不明のままだが、一方でかなり多くの地権者が仮調印を済ませているとの情報もあるという。中原正純市長は「今後、こちらから接触することも検討する。中心市街地の活性化のため、何としても出店を阻止したい」と述べた。駒ケ根商工会議所の渋谷会頭は「(出店は)消費者利便のためと言うが、今でも十分過ぎるくらいだ」として進出に絶対反対する考えを強調した=写真。
ベイシア(本部・群馬県)は1997年3月設立の総合流通グループ企業。関東を中心に11県下93店を展開する。売上高2700億円(08年2月計画)、従業員数990人。カインズは同社のグループ企業。 -
山ユリ種まきから8年、17個も咲く
飯島町本郷の林公明さん宅では、10数本の山ユリが満開、1本から10数個の大輪の花を重たげに咲かせている。
花弁には黄色の筋と赤い斑点があり、強い芳香を放っている。
山ユリは日本固有種、銘花、カサブランカのベースになった花として知られている。
林さんは8年前、種を山梨県の寺院から分けてもらい、初冬にまき、2年後に発芽し、4年目に芯が立ち、5年目に初めて1つ咲いた。8年目の今年は多いものは1本から17個の花を咲かせた。
「花は豪華、香りもいい」と林さん。 -
雑貨ショップオリーブ店主、畠中恭子さん(55)
昨年8月、アメリカン雑貨ショップ「オリーブ」を開店。オープンから1年が経過し「大阪からロケーションが気に入り、昨年8月にIターンしてきた。暑さから開放され、近所のみなさんと気がねなく、仲良くできてうれしい」。
1952年鹿児島県生まれ。医療系で働いていた父の影響や「人と関わる仕事をしたい」と看護師になり、大阪府立病院で32年間勤めた。「元気になって帰って行く姿に感動した。しかし、医療の現場は厳しく、定年を待たず早期退職した」。
夫婦共通の趣味は登山、北海道から九州など全国の3000メートル級の山を次々と踏破した。「山は平地では出会えない植物に会える。登頂した時の達成感が醍醐味、山に行くと元気になれる」。
趣味が高じて「いつでも登れるように、高い山の側に、ログハウスを建てて住みたい」と希望、中央道を往来しているうちに、温度、湿度など考え、長野県に決めた「風が強いのは計算外だったが、ほかは想像通り」と満足の様子。
長い間の病院勤務から「高齢になったら、他人に使われたくない、通勤もしたくない」と家でできる仕事を模索した。
子どもの頃から、物づくりに興味があり、独学で手編みや、人形づくりをマスターした。大阪時代は「かわいらしい物、楽しいもの、使い勝手のいいもの」など、雑貨店をはしごして見て歩き「いつかはこんなお店を」と構想を温めていたという。
アメリカン雑貨に絞ったのは、ログハウスにの雰囲気に1番マッチするからとか。
店名の「オリーブ」は若い頃のニックネームだったことや、夫は四国、妻は鹿児島と、南国生まれの夫婦が寒い所で頑張り、根付きたいという決意を現したもの。
同店にカントリーキルトやおしゃれなキッチン用品、カラフルなふたもの、楽しい置物、手作りのカントリードールなどアメリカン雑貨のほか、カントリードールの材料、毛糸など手芸材料が並ぶ。材料費のみで、人形づくりや袋物、帽子、セーターづくりなどを指導している。「お客様が『すてきにできた』と完成品を見せに来てくれる時が1番うれしい」と笑顔。
営業時間午前10時縲恁゚後7時。定休日・毎週水曜日ほか。詳細は同店(TEL86・5325) -
県選抜U-14海外遠征2007、小中学生空手道選手権大会出場選手激励会
飯島町役場で25日、サッカーの県選抜U-14海外遠征2007に選ばれた飯島中2年生3人(市村凌君・西村明典君・山口洸君)と、第50回全国小中学生空手道選手権大会に出場する松村世奈さん(飯島中3年、豊岡)の激励会があった。
県選抜U-14海外遠征2007は8月23日縲・月4日までスペイン、フランスなどを回り、マコンでトーナメントに出場したり、強豪クラブチームと試合をする。世界トップレベルのスペイン・フランスサッカーにじかに触れることで、県の中学生年代のレベルアップ、国体少年の部への強化などがねらい。上伊那や県、北信越、全国の各段階のトレーニングセンターで選抜、チーム34人中、飯島中から3人も選ばれたのは初めての快挙。
FW・MFの市村君(上の原)は「自分のできる最大限のプレーをしてきたい」。DFの西村君(南仲町)は「日本人とは違った体格、技術を持つ相手のFWに対し、止められるように頑張りたい」。GKの山口君(新田)は「将来に生かせる経験を集中的にしてきたい」とそれぞれ抱負を述べた。
一方、日本空手協会第50回全国小中学生選手権大会(8月4日、宮城県利府町で開催)に出場する松村さんは県大会(5月6日、松本市信州スカイパーク体育館で開催)で中学3年女子形の部でベスト8入りし、全国大会に駒を進めた。松村さんは「全国大会は最後の機会、悔いの残らない試合にしたい」と決意表明した。
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出場する選手ら -
山田敏郎教育長(57)飯島町田切
島町教育長に就任、3カ月を経て「長い間、学校現場を歩いて来たが、教育長を拝命してから、毎日が新鮮な驚き、戸惑いの中で、みなさんに支えられていることを実感している」。
1949年飯島町に生まれ。地元高校卒業後、千葉大学教育学部に進学「小、中学校ですばらしい先生に出会ったことが、教師になろうと思った原点。恩師が児童演劇に関わり、演劇文化を通じて、子どもたちの表現力を伸ばしていく姿が強く印象に残った」。
初任は岡谷市の小学校で1年生を3学期から担任した「学校の裏山に基地を作ったり、子どもたちと一緒に遊ぶなど、若さにまかせて、夢中で頑張った。その時の出会いから、子どもから教えられることを学んだ」。
駒ケ根市の東伊那小学校では5、6年を受け持った「土器づくりをし、野焼きもした。地域も親和的で学校を支えてくれる気風があった」。
伊那市西春近北小学校では「先生方が互いに切磋琢磨し、学び合い、教師として磨かれた」
坂城町の村上小学校と伊那市東春近小学校では教頭を務めた。「忙しかったが、いいリーダーにお仕えし、いい子どもたちで本当に良かった」と振り返る。
阿南町新野小学校では校長に「地域から要望があった高齢者とのふれあいの場を小会議室に設けた。きっと、有効に活用されていると思う」。
05年から2年間、生涯学習課長として伊那教育事務所に勤務。「学校教育以外でも色々と学び、視野が広がった。学びたいという人の思いは学校も生涯学習でも同じと感じた」。
4月に教育長に就任し「教育にはいろいろな人がそれぞれの思いで関わっているが、やはり家庭教育が基盤。公民館の各種セミナーなど家庭を支える体制が確立し、保護者も安心して子育てできるネットワークが出来ている。子育ては不安や迷いはつきもの。迷いがあってもいい、そこからスタートする」。
また、4月から子ども室を設置し、教育行政の1本化を図ったが「担当職員がフル稼働し、献身的に新しい組織を軌道に乗せるために頑張っている」と効果を期待する。
「飯島町の小・中学生はすなおで、表現力もある。保育園では園児らが伸び伸びと過ごし、保育士がそれを支えている。飯島の子どもたちの良さを認めて伸ばす、行政として支えていきたい」と話す。
母と妻の3人暮らし -
飯島で交通事故
26日午前10時10分ごろ、飯島町飯島の町道交差点で飯島の無職石田富子さん(79)運転のミニバイクと飯島の会社員下平美穂子さん(52)運転の軽ワゴン車が出会い頭に衝突した。石田さんは左手指骨折の疑い。下平さんにけがはなかった。
交差点に信号はなく、立ち木などで見通しが悪い。駒ケ根署は、石田さんが一時停止を怠ったのではないかとみて原因を調べている。 -
水辺の競演ハス、スイレン:
夏の水辺を彩るハス、スイレン、炎暑の中の一服の清涼剤として人々に親しまれている。エジプトの神々の王、オリシスに捧げられた聖なる花、ハス。釈迦誕生の時、五色のハスの花びらが降り注いだと言われ、泥水から清らかな花を咲かせることから、中国では「君子」として称賛される。スイレンは太陽に恋した乙女が、両親に反対され、湖に身を投げ、その乙女の魂がスイレンになったという悲しい伝説がある。かつて湖沼で普通に見られたコウホネ、「崇高」「美しい人格」という花言葉を持つ、古刹でひっそりと金色の花を咲かせている。今回は涼を呼ぶ、各地のウォーターガーデンを紹介する(大口国江)
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ピンクと白のハス、色とりどりのスイレンも見ごろ、飯島町赤坂の小山重美さん
飯島町赤坂のふれあい農道沿いの休耕田でピンクと白のハス、黄色やピンクのスイレンが見ごろを迎えている。
近くの農業、小山重美さんが4年前に、15アールの田にハスは白2株、ピンクの八重5株、スイレンはピンクの濃淡、黄色をそれぞれを1、2株植えたところ、田1面に繁殖した。スイレンは6月20日ころから、ハスは7月初めから次々と開花し、今が見ごろ、来月中旬まで楽しめる。
小山さんは「ハスは清浄無垢、仏様の花で尊い」。妻の金子さんは「スイレンは花の形も整い、小さくてかわいい」と話している。
道路沿いとあって、関心が高く、「これも植えておいたら」と、ガマやマコモダケも持ち込まれ、田んぼの隅に植えられた。中にはフナやコイを放流する人もあり、魚を狙ってシラサギも来るなど、田の中はにぎやかとか。
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神秘的な花、貴公子の風情が魅力、伊那市山寺、茅原英男さん
JR伊那北駅北の線路沿いに茅原さんのハス田はある。「こんな町中にハスが咲いている」と、大抵の人は驚く。
98年から知人に分けてもらったり、種苗会社から苗を取り寄せ、白やピンクなど8・2アールで栽培している。
今、咲いているのはつぼみの先端はピンクで、開くと真っ白になる白ハス。続いて、ピンクの花も咲き出す。
大型で花弁は20枚前後の花は、夜明け前から咲き始め、日の出には満開、ほのかに甘い香りが漂い、午後には閉じ始める。これを3日間繰り返し、3日目の午後から散り始める。
「崇高な雰囲気、けがれのない花の美しさ、田んぼ1面に漂うほのかな香り、梅雨のうっとうしさを忘れる」と魅力を。もう1つの魅力はハス田に集まる、メダカやタニシ、カエルなど。「ハスの葉の上でカエルがひなたぼっこをしている。とてもかわいい」と笑顔を向ける。
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ハス、スイレン、コウホネ、水辺の3重奏、駒ケ根市東伊那の下島安正さん
駒ケ根市東伊那の竜東線から田んぼ1枚隔てた下島さんの休耕田では、ハスやスイレン、コウホネが水辺の3重奏を奏で、涼を呼んでいる。
3・5アールに植えられたハスは、濃いピンクで弁数が90枚前後となる八重茶わんハス、つぼみの先端がピンクで、開くと白くなる白ハスの2種類。無数の花を8月下旬まで咲き続ける。
3アールのスイレンの池には白と黄色、ピンクのスイレンのほか、黄色のコウホネが水面を彩る。スイレンは6月から咲き始めた。
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名園にひっそりと咲くコウホネ、スイレン、駒ケ根市光前寺
駒ケ根市の古刹・光前寺(吉沢道人住職)の本坊客殿奥の庭園は築山泉水庭で、前面に池があり、四季折々の水辺の景色を創っている。
初夏と晩秋には濃紫のカキツバタが池を彩り、今は金色のコウホネ、まもなくスイレンも咲く。池の周りにはギボウシが群生し、水色の涼しげな花を多数咲かせている。
池1面でなく、ぽつりぽつりと浮葉を漂わせ、真鯉、緋鯉がわずかに水面を揺らす。ここだけ、時はゆっくりと流れる。
庭園を望みながら、お茶と菓子の接待を受ける、まさに至福のひととき。
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お宝神社で初の夏祭り、ご神体のご開帳も
飯島町飯島赤坂の商業集積地アイタウン協同組合(岩村金男代表理事、9店舗)は21日、アイタウン敷地内の「お宝神社」で初めての夏祭り(例祭)を開いた。神事や縁日、フリーマーケットなどでにぎわった。
同神社は昨年7月、地域活性化を目的に、縁結びの神体を祭った社殿を設け、参道、石燈ろう、金色の鳥居も整備した。
昔、不思議な石も持った若い男女が、石の導きで、この地、アイタウン(開いた運)で出会い、結ばれ、子宝に恵まれ、商売も繁盛した-というのが、組合が創作した由緒とか。
組合員や町、町商工会など約30人が参列し、厳かに茅野神官による神事、ご神体の開帳などが行なわれた。神社前では縁日が開かれ、お宝グッズの販売、輪投げ、ヨーヨーつり、針金細工などのほか、飲物や食べ物の屋台も並び、夜遅くまでにぎわった。
また、ホテル陣屋では三波春輝さん(春ちゃん)、坂口未さん(ミィー)によるものまねショーも行なわれた。 -
学有林で山林作業
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飯島町の飯島中学校3年生99人は19日、田切菖蒲平の学有林でヒノキの枝打ち、つる切りなど山林作業をした。
勤労の尊さを学び、ボランティアの精神を養い、豊かな森の恵みを浴び、心身をリフレッシュする恒例の行事。
生徒たちは春日平集会所から、約30分歩いて現場へ。
作業に先立ち、講師の上伊那地方事務所や役場の職員から「幹を傷つけないように、丁寧に枝を切り落とす。木に絡んだツルは根元から取り除く」。「ヘビやハチに気を付ける。山ウルシに触れないように」などの説明を受けた。
この後、生徒らは3班に分かれ、14年生のヒノキの枝を切り落としたり、幹に巻きついたつるを取り除くなどのほか、切った枝の搬出、シカの柵の補修などの作業に精を出した。 -
地域福祉講演会「齢を重ねるということ」
飯島文化館で18日、松本市相沢病院救命救急センター長の沢田祐介さん(田中県政前副知事)による地域福祉講演会があった。NPОまんてん主催。
約50人が聴講。沢田さんは「齢を重ねるということ」と題した講演で、高齢者の特長に▽見た感じと体がしっくりしない▽言語能力は身体能力の衰え▽感情がうまく表現できない-などを挙げ、具体的に「カタカナやひらがなよりも漢字の方が分かる。幼児語、擬音、擬態語は理解しにくい。顔の筋肉の力が弱り、上手に笑えなくなる」と説明。
また、▽年寄り扱いで年寄りになる▽肉体と心の衰えは異なる▽「加齢」と「老い」とは違う-とした。
「元気とは元の気を保つこと、元の気に戻ること。人間は本来元気イコール健康である」と話し、最後に(1)言動を否定しない(2)命令しない(3)言動を無視しない(4)プライドを傷つけない(5)固有名詞で呼びかける-など高齢者介護の5原則を紹介した。 -
滝沢孝夫さん(56)駒ケ根市福岡
戦争・平和をテーマにした手作りの朗読劇を上演する「この子たちの夏を読む会」の脚本、演出を担当する。今年は書下ろしの新作「青い目の人形縲怺w校日誌縲怐v。8月3日の公演に向け、小中学生や一般の出演者の朗読指導を精力的に進めている。
2000年夏上演された地人会の朗読劇「この子たちの夏」に触発された「飯島平和を考える会」を中心に、飯島町の「この子たちの夏を読む会」が発足。02年、故・葛岡雄治さん(赤坂)が町内の戦争体験者の話をもとにオリジナル朗読劇「小林上等兵のヒロシマ」のシナリオを起し、それを手伝ったことがきっかけで、脚本や演出を手掛けることに。
「小林上等兵のヒロシマ」は02年8月、飯島文化館小ホールで初演。好評で翌年、大ホールでの再演を計画したが、既に病魔に蝕まれていた葛岡さんは翌年4月亡くなり、亡くなる直前に次のテーマ「望郷のうた ああ信州満蒙開拓団」のプロット(構想)が託された。これを基に、さらに多くの開拓団関係者から聞き取り調査を進め、シナリオを書いた。「志願し先遣隊として満州に渡った人の話では、現地民の土地をただ同然で強制的に買い上げ、開拓民に与えた。土地を追われた現地民は開拓民に雇われたり、あるいは反発して、匪賊になって開拓民を襲った。その話を聞き、衝撃を受けた。学校では教わらない事実を、後世の伝えていかなくてはならないと、使命感に燃えた」。
町在住の後藤俊夫映画監督のアドバイスを受けながら完成させ、03年夏、「望郷のうた、ああ信州満蒙開拓団」を初演。「自分が書いたものが舞台に上がり、感動した」。
05年は銃後の守り、軍事教育、戦争下での子どもたちなど飯島町の戦時下を描いた「あの日の記憶」を書き上げた。
オリジナル3作目となる今年は「いつかは書きたい」と温めていた七久保小学校に大切に保存されている「青い目の人形縲怺w校日誌縲怐vをテーマにした。
副題は「世界の平和は子どもから」。同校に現存する「昭和2年学校日誌」。関係者の手記、信濃教育界の「青い目の人形特集」などを参考にした。
物語は1927年(昭和2年)4月2日、日の丸と星条旗の旗を振って、人形を迎える式から始まる。ギューと抱くと「ママー」となく人形に子どもたちは大喜び。日中戦争から太平洋戦争へと軍靴の響く中、敵国の人形として、壊されようとしたが、時の校長と女性教師の働きで書架の奥深く隠された。そして、1986年、人形は発見され、再び日の目を見るまで、激動の昭和を時代背景に、人形を通して、平和の尊さを訴える。
「声高に反戦を訴えるのではなく、人形の気持ちを思い、人形からの無言のメッセージを受けとってほしい」と話す。
公演は8月3日午後7時から、文化館で、入場料500円。
詳細は文化館(TEL86・5877) -
B&G海洋センタープールがオープン
飯島町七久保柏木のB&G海洋センタープールは16日夜、オープンした。8月31日まで営業する。
初日は無料開放とあって、開場時間前から小学生ら約10人が並んだ。
台風一過で青空が広がり、午後6時の水温は27度と適温、家族連れや小中学生が次々と入場。広いプールで伸び伸びと夜間水泳を楽しんだ。
開場は午後6時から午後9時まで。入場料は大人200円(高校生以上)、子ども100円(小中学生)
昨年は45日営業、1500人余が入場した。