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伊那スキーリゾートに来月18日きのこ王国オープン
伊那市の伊那スキーリゾートは、オフシーズンのゲレンデを有効活用しようと、きのこ狩りテーマパーク「きのこ王国」を、4月18日にオープンさせます。 14日は、スキー客を前にPRイベントが行われました。 地元の音楽グループ「和音」が、きのこ王国のイメージソングを披露しました。 キノコの産地として知られている長野でヘルシーさも売りに誘客を図ろうと、スキー場を経営する伊那リゾートが始めるものです。 現在使用されていないゲレンデにビニールハウスを建て、シイタケを中心に、ナメコや舞茸など10種類ほどのキノコを収穫することができるようにします。 採ったキノコは、100グラム100円から持ち帰ることができる他、新たに設置されるバーベキュースペースで味わうことができます。 他にも、地元の農産物の販売や、レストラン、そり遊びスペースなども設置されます。 きのこ王国は、4月18日土曜日にオープンします。 入場は無料で、スキーの営業が始まる11月中旬までを予定しています。
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道路・河川愛護団体表彰
道路や河川の美化・清掃に取り組みその活動が顕著だった団体に、知事から感謝状が贈られました。 12日は、表彰伝達式が伊那合同庁舎で行われました。 道路と河川の美化清掃に取り組んだ伊那市の2団体に、伊那建設事務所の飯ケ浜 安司所長が知事の感謝状を伝達しました。 東春近の榛原県道花の会の伊藤忠朗会長と、西箕輪の大萱大清水川河川愛護会の白澤政敏会長が感謝状を受け取りました。 榛原県道花の会は、平成7年から19年にわたり、県道伊那生田飯田線の両側800メートルに花を植えています。 16人の会員が、年に22回ほど活動し、マリーゴールドやサルビアなど5千本の花を育てています。 大萱大清水川河川愛護会は、昭和49年から40年間にわたり、大清水川の2・1キロ区間の清掃や草刈りを行っています。 大萱の区長や役員を中心に、年5~6回の活動を続けています。 この表彰は、昭和44年から県が行っているもので、今年は、県内で15団体が表彰を受けました。
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新視象展
春の国画会展に出品している画家が作品を展示する新視象展が13日から伊那文化会館で始まりました。 会場には、国画会会員による特別出品も含め19点が飾られています。 常に新しい絵画の形を追求しようと平成15年に第一回作品展を開催し今回で9回目となりました。 油絵を中心に80号から600号までの大作が並んでいます。 出品者の1人で画家の小林修一郎さんは、「伊那ではめったにない充実した作品展だ」と話しています。
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伊那谷遺産 100件に
国土交通省天竜川上流河川事務所の人と暮らしの伊那谷遺産選定事業は、目標としていた100件に到達しました。 13日、駒ケ根市の天竜川上流河川事務所で開かれた選定委員会で新たに3件が追加されトータル101件になりました。 伊那市高遠町の法華道、伊那市野底の柵立堤防、飯島町の隅之木碑です。 法華道は、高遠の荊口から入笠山の東斜面を通り、富士見町につながる全長22キロの道です。 道沿いには多くの古刹が並び、法華経伝来の足跡を今に伝える歴史の道でもあったことから法華道と呼ばれました。 伊那谷遺産選定を聞いた伊那市の北原厚さん。 芝平出身の北原さんは、古道復活に力を注いできました。 平成11年から10年以上にわたり藪を狩り続け、今では、多くの人がトレッキングを楽しんでいます。 また、野底の柵立堤防は古くから堤防が築かれ、壊されるたびに修復し、洪水を防いできた歴史を今に伝えています。 高遠藩の阪本天山は、深刻な財政難にもかかわらず、私財もなげうち堤防を築いたとされています。 特殊な工法で大型の柵のようであったことから柵立堤防と呼ばれました。 伊那谷遺産は、先人の営みを再確認して情報発信することで、防災教育や地域振興につなげようと、平成24年から選定作業がスタートしました。 選定委員会委員長の笹本正治信州大学副学長は、「伊那谷遺産選定は、日本で最も進んだソフト面からの防災へのアプローチだ」と話しています。
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和綴じ本制作 さくら祭で販売へ
伊那市社会福祉協議会の障害者社会就労センターの施設利用者は、高遠城址公園のさくら祭での販売に向けて、和綴じ本の制作に取り組んでいます。 13日は、伊那市に工場を持ち手作り製本など扱う(有)美篶堂の上島松男会長と上島明子社長が輪っこはうす・コスモスの家を訪れ、利用者と職員に作業指導を行いました。 これは、施設利用者の工賃アップを目的に取り組んでいる「さくらプロジェクト」の一環で行われています。 プロジェクトは2年目の取り組みで、社協が独自のブランドを作りたいという思いから美篶堂に声をかけ今回コラボ商品を販売することになりました。 この日は、和紙を本の裏表紙に縫い合わせる「和綴じ」という作業を行いました。 デザインは、施設利用者が染めたものと利用者が桜をイメージしてデザインした3種類です。 ある利用者は「自分のデザインが入っていて嬉しい。ゆるみがないようにきっちり作りたい」と話していました。 和綴じ本は300冊用意する予定で、高遠城址公園のさくら祭期間中に設置される「にこにこショップ」で、1冊500円から1,000円で販売する予定です。
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八十二銀行伊那支店で「がんを知る展」
信州がんプロジェクトに参加している八十二銀行では、がんの予防策などを知ってもらおうとパネル展を開いています。 伊那市境の八十二銀行伊那支店では、肺がんや大腸がんなどの特徴や検査方法などが載ったパネルを展示しています。 信州がんプロジェクトに参加している八十二銀行では毎年県内の支店が持ち回りでパネル展を開いています。 展示では、がんになった肺や乳がんの触診の模型があり、実際に触れて予防策などを知ることができます。 パネル展は、16日(月)まで八十二銀行伊那支店で開かれています。
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親子わんぱくランド
親子で工作やゲームを楽しむイベントが、7日、南箕輪村民センターで行われました。 会場には、ゴルフのストラックアウトやキーホルダー作りのブースなど、午前と午後合わせて9つのイベントが行われました。 これは、村教育委員会が毎年開いているものです。 人気のキーホルダー作りのブースでは長い列ができていました。 他に、まっくん人気にあやかって「まっくん貯金箱づくり」のブースが初めて設けられました。 教育委員会では、「親子はもちろん、友達や保護者同士の交流の場になればうれしい」と話していました。
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東日本大震災から4年 3.11の今⑨ 宮城県石巻市の今
2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0、震度6強の大地震が宮城県石巻市を襲いました。 2015年1月末現在、死者は、3,176人、行方不明者は425人となっています。 石巻市の復興政策部復興政策課の岡道夫課長に話を聞きました。 「大津波警報が発令された直後、標高50mの日和山に避難をした。徒歩で避難する人や、車で避難する人でいたるところで渋滞が発生していた。」 一番多くの犠牲者を出したのが、石巻市南浜町と門脇町です。 二つの地区を見渡せる日和山公園(ひよりやまこうえん)、鹿島御児神社(かしまみこじんじゃ)には、毎日犠牲者に手を合わせる人の姿があります。 [震災体験者の話](地元の人) 「津波が陸橋の高さまで来て、陸橋のテッペンに車が2~3台引っかかってそこで一晩過ごした。すその方にいた車は全て流された。取り残された人たちは翌日自衛隊のヘリが来て救出された。」 [岡道夫課長] 「住まいの供給は今年度から平成27年度にかけて一気に加速していける。平成27年8月には市場が完全復旧し再開できる。漁港の水揚げについても、震災前の90%まで回復してきた。」 震災から4年、石巻市は復興に向け、明るい光が見えてきた反面、仮設住宅にはまだ、20,000人を超える人たちが生活しています。 [岡道夫課長] 「「復興頑張って」とメッセージをいただいている。それを励みにこれからもがんばる。」
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雪遊びで里山の魅力を発見
雪遊びを通して冬の里山の魅力を子供や子育て中の親に感じてもらおうというイベントが、伊那市富県で2月22日開かれました。 この日は伊那市内を中心に、保育園児から小学生までとその保護者30人余りが参加しました。 会場となったのは伊那市富県新山のレストラン「プチマルシェ」の庭です 子供達は、ソリ滑りや雪だるまをつくって、雪の感触を楽しんでいました。 このイベントは、山と自然を活用して地域活性化を目指すアルプス伊那活性化プロジェクト実行委員会が企画したものです。 実行委員会では去年9月から活動をしていて、今回は冬の里山の魅力を子供や親に知ってもらおうと行われました。 会場では他に、幅5センチのベルト状の綱を渡る、新しいスポーツ「スラックライン」の体験コーナーが設置されました。 子供達はバランスをとりながら、高さ50センチほどの所に張った綱を渡っていました。 実行委員会では、今後、アウトドアや登山に関するツアーなどのイベントを計画しているということです。
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箕輪町が交通死亡事故ゼロ700日
箕輪町は平成25年2月22日以降、交通死亡事故が700日間ゼロを達成したことから、長野県交通安全運動推進本部顕彰を受賞しました。 12日は、伊那合同庁舎で伝達式が行われ、青木一男所長が箕輪町の白鳥一利副町長に、顕彰を伝達しました。 箕輪町では、平成25年の2月22日に町内の県道で、横断中の74歳の男性が、50歳の男性が運転する軽自動車にはねられて死亡する事故の発生以降、死亡事故は発生していません。 今年1月23日に、交通死亡事故ゼロ700日を達成しました。 青木所長は、「これを通過点として1000日、2000日ゼロに取り組んでほしい」と挨拶しました。 白鳥副町長は、「セーフコミュニティを推進し、町民が一丸となって、交通安全対策に取り組んだ賜物」と話していました。
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東日本大震災から4年 3.11の今➆
伊那市西箕輪の海老原よしえさん。 海老原さんは、全国各地でコンサートを開くシンガーソングライターです。 これまでに6枚のアルバムをリリースしていて、売り上げの一部を被災地支援にあてています。 「ギターを抱えて歌とともに被災地の人たちと出会っていきたい」 海老原さんは、平成14年に東京から伊那に引っ越してきました。 2人の息子は成人していて、現在は1人暮らしです。 専業主婦だった海老原さんは、12年前の平成15年40歳でアーティストとしての活動を始めました。 音楽活動の経験がなかった海老原さん。伊那に引っ越してきた年の冬に突然頭に曲が湧き上がってくるようになりました。 東日本大震災発生の1か月ほど前。 震災を予言するかのような情景と歌詞が頭に浮かびます。 別れについて歌ったこの曲は、「津波で引き裂かれた夫婦の思い」と「残された日々をどう生きるか」を訴えかけています。 「もうもどらないんだ あの愛おしい日々 あのつないだ手 すべて消え行くんだ 思い出は時に悲しみを生んで 今からできる事ってなんだろう?って考えてみる 愛したいんだ 何もかも投げ出して 愛したいんだ 残された日々を今 ここにそっと置くよ ありがとうって書いて 公園の小石に いつか誰かが手にとって」 「当たり前の日常生活がもう戻らない、繋いだ手はもう戻らないといきなり始まった。当たり前に過ごすことがそんなに幸せなことかということを歌がきて教えてくれた。自分が今日という日をどういきたいか、私に聞いてきた問いただしてきた気がする。私にできることがあったらそれをやっていきたいと思った」 歌を通して沢山の人と出会い、つながっていく。海老原さんはそんな生き方を大切にしています。 「つながることをきっかけに学べることやれることは沢山ある。それを模索したいしつながっていたい。同じ時代を過ごしたい。逆の立場だったら忘れられること、厳しい状況にあっても周りが変化して自分たちだけ取り残される気持ちになると想像したとき、私自身のためにも忘れないためにも支援という形で自分をつなぎとめておきたい。沢山の人と一緒に生きている。そのことが実感できるように東北にも行きたいし伊那にも来てもらいたい。ギターを抱えて歌とともにそういう人たちと出会っていきたい」
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ハンター対象シカ解体講習会
先月、伊那市手良に、シカやイノシシなどの野生動物の肉処理施設が開設したことをうけて、伊那市伊那猟友会は会員を対象にしたシカの解体講習会を、12日開きました。 12日は、シカ4頭が用意されました。 伊那市伊那地区の猟友会の会員のうち40人ほどが参加して解体を学びました。 猟友会員は、自己流の方法で解体を行う人が多いことから、手順を学んでもらおうということと、施設のお披露目もかねて、今回、講習会を開きました。 講習会では、野生動物の解体処理施設、伊那ジビエ手良を運営している登内 里見さんと、弟の耕治さんが、解体を行いました。 二人は解説を加えながら、解体を進めていました。 この施設は、シカやイノシシなどを、衛生的に処理し、料理などに使える肉の流通を増やそうというものです。 野生肉の処理施設は、上伊那では4番目、伊那市内では初めて設置されました。 農林業に深刻な被害を与えているニホンジカやイノシシを食材として活用する取り組みとして期待されています。 県によると、昨年度、県内でおよそ4万頭のニホンジカが捕獲されましたが、食用として活用されたものは、5%に満たないということです。 登内さんは、手際よくシカの血を抜き、皮をはぎ、ブロック肉に分けていきました。 伊那猟友会には、150人ほど会員がいて、今後も、年2回ほどこうした講習会を開いていきたいとしています。 捕獲したシカは、条件を満たすものであれば、この施設で受け入れていて、猟友会員の収入にもつながるということです。
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東日本震災支援活動情報交換会
東日本大震災から4年目を迎え、それぞれの支援活動の情報交換をしあう会が11日、たうんすてーしょん伊那まちで開かれました。 この日は、様々な支援活動をしている上伊那の団体から7人が参加し、活動を報告しました。 会場ではろうそくがともされ、電灯を消して黙とうが行われました。 参加者は、津波で被害に遭った地域から海産物を継続的に購入していることや、福島の親子を伊那に招いて放射能の心配をせず自然と触れ合ってもらうツアーを開いていることなど、それぞれの体験を報告していました。 会では、「自分にできる支援を続けることが大切」などの意見が出されていました。
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東日本大震災から4年 3.11の今⑧ 高校生が見つめる被災地
「実際東北に行ってみてみると、まだ全然復興してなかったりして、苦しく生活している人がいっぱいいて、自分たちが忘れていっちゃいけないなって思いました」 伊那市の伊那西高校。 伊那西高校は、学校創立30周年を記念して去年8月に被災地の視察研修を行い、有志26人が岩手県大槌町(おおつちちょう)などを訪れました。 大槌町は津波や火事による被害が大きく、震災で人口のおよそ1割にあたる1,284人が亡くなりました。 視察研修を中心となって進めてきた前生徒会長の林瑠衣さんです。 林さんは、「老人ホームがここにあったんだよっていう場所は、まったく何もない状態で、ただの土地だけになっていたのが一番印象に残っています」と話していました。 視察で訪れた「子ども夢ハウスおおつち」。 震災で家族を失った子供たちが集まる場所です。 伊那西高校では、子ども夢ハウスの運営を支援しようと、全校でチャリティー人形を制作しました。 7月の文化祭と2月の芸術フェスティバルで、募金を行い、チャリティー人形は300円以上募金した人に贈られました。 集まった金額は合わせて8万8,327円に上ります。 去年11月には報告会が開かれ、全校生徒に被災地の様子を伝えました。 伊那西高校の生徒が見つめた被災地。 思いは、次の学年へと引き継がれます。
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守谷基弘さん宅 福寿草見ごろ
伊那市高遠町長藤の守谷基弘さん宅では、700株ほどのフクジュソウが見ごろを迎えています。 守谷さんの祖父の代から育てていて、少しずつ増やしてきたということです。
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伊那市 「地域の教科書」来年度から配布へ
伊那市は、転入者や移住者の区への加入を促進するため、来年度から区の行事や役員などを紹介する「地域の教科書」を配布します。 これは、12日に開かれた市議会3月定例会で、白鳥孝市長が、議員の質問に答えたものです。 伊那市では教科書作成のため、現在各区へアンケートを行っています。 世帯数や地域の特色の他、区費や年間行事、ごみの出し方などをまとめ、転入者や移住者に配布します。 白鳥市長は「災害時など、区は地域をまとめる大事な組織。地域と連携しながら加入するメリットを伝えていきたい」と話していました。 市では、区への加入促進を図るとともに、区の仕組みを理解してもらう事で移住後のトラブル防止にも役立てたいとしています。
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東日本大震災から4年
東日本大震災から11日で4年となります。 地震が発生した午後2時46分、上伊那の各地でも黙とうを行い、犠牲者の冥福や被災地の復興を祈る人達の姿がみられました。 福島第一原発事故による放射能汚染により2011年に福島県伊達市から伊那市に移住し再起をかけ果樹栽培をしている佐藤浩信さんです。 選定作業をしていた佐藤さんは、時間になると、福島の方角を向いて手を合わせました。 宮城県気仙沼の津波からの復興支援を行っている伊那市通り町のワイルドツリーです。 毎年3月11日には無料のキャンドル作り体験を行って復興を願うメッセージを照らします。 伊那市の中心市街地です。 防災無線のサイレンが鳴ると手を合わせる人もいました。 市議会の一般質問が行われていた、伊那市役所内の議場。 午後2時46分、議会を一時中断し、市の理事者や市議会議員全員が起立し黙とうを捧げていました。 伊那市の東部中学校です。 タカトウコヒガンザクラを通して、宮城県仙台市の高砂中学校と交流をしています。 この日は2年生およそ290人が、インターネット回線を使い高砂中と活動報告を行いました。 東日本大震災では、地震やその後に発生した津波で、1万8475人の人が亡くなったり、行方不明となっています。 震災から4年が経過した今でも、被災した東北を中心に仮設住宅など避難生活をおくっている人は22万9千人にのぼります。
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あいさつ運動で健全育成
あいさつを通して、子供の健全育成や見守りを強めていこうと、箕輪あいさつ運動が11日、町内4か所で行われました。 11日は登校時間にあわせ、箕輪町セーフコミュニティの対策委員会のメンバーなど30人が町内4か所に立ち、学校へ向かう子供に声をかけていました。 大人から挨拶をする事で子供達の健全育成につなげると共に、安心安全にもつなげていこうという取り組みです。 町では、来年度から定期的に町内の数か所で、挨拶運動を実施する予定です。
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高校入試 後期選抜
県立高校の一般入試にあたる後期選抜試験が11日、一斉に行われました。 県内ではおよそ1万2千人が受験に臨みました。 上伊那では全日制、定時制、多部制、合わせて8校で試験が行われました。 このうち、伊那市の伊那弥生ヶ丘高校では、受付開始の30分ほど前から受験生が会場に向かっていました。 伊那弥生ヶ丘高校では普通科240人の募集に対し、250人が志願していて倍率は1・04倍となっています。 県教育委員会によりますと、試験は予定通り終了したということで、上伊那の高校でもトラブル等はなかったということです。 12日は、辰野高校、高遠高校、箕輪進修高校、赤穂高校の定時制で面接試験が行われる予定です。 後期選抜試験の合格発表は20日金曜日となっています。
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そば発祥の地PR 振興会発足へ
伊那市の白鳥孝市長は、信州そば発祥の地伊那を市内外に向けさらに発信していこうと、来年度振興会を発足させる考えを示しました。 これは11日の、市議会3月定例会で議員の質問に答えたものです。 白鳥市長は「信州そば発祥の地・伊那を来年度は総力をあげて発信していきたいと話し、市内のソバ店や生産者、流通業者などで作る、振興会を立ち上げたいと述べました。 上伊那産のソバ粉を使用する店舗に安定的に高品質の物を供給し他地域との差別化をはかり、ソバの街としての伊那の知名度を上げていきたいとしています。 振興会の発足は、来年度の早いうちをめざし、将来的にはソバ店の認証制度などを設けたいとしています。
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東日本大震災から4年 3.11の今⑥ 子どもたちに故郷を
伊那市高遠町。 引っ越しの荷物をのせたトラックがやってきました。 この春、福島県双葉町から伊那市高遠町に移住を決めた廣田真也さん、愛理さん夫妻です。 夫の真也さんは伊那への移住について「故郷に帰ってきたと感じられる場所をつくりたい」と話します。 廣田さん一家は両親とともに福島県双葉町で暮らし、下水処理の会社を経営していました。 震災による原発事故。福島第一原子力発電所から5キロの場所にあった自宅は今も帰宅困難地域に指定されています。 原発事故により両親とは別々に避難生活をおくっています。 廣田さんの両親は埼玉県へ、廣田さんは妻と子供達と共に愛知県に避難しました。 真也さんは震災の日を振り返り、午後8時 双葉町の防災無線で原発から3キロ圏内の人達に避難を呼びかける放送が流れた時、「もうダメかなと思った」と話します。理由を尋ねると長年双葉で暮らしたが、(原発事故で)避難を呼びかける放送が流れたのがこの時が初めてだったからです。 廣田さんが震災直後の2011年3月から4年間生活をしたのは、妻の愛理さんの両親が住む愛知県蒲郡市です。 渥美半島と知多半島に囲まれた蒲郡は一年を通して温暖で、冬でも雪が積もる事はありません。 廣田さん夫婦は、中学3年生の長男を筆頭に4人の子供に恵まれました。 蒲郡での生活も落ち着き始めました。しかし、子供達の将来を考え自然豊かな伊那への移住を決めました。 真也さんは「当たり前にあった双葉の実家が原発事故で帰れなくなり、子供たちの帰ってこれる場所を作りたかった。そのためには田舎で故郷に帰ってきたと実感でき、帰ってきたい場所であることが大切」と話します。 妻の愛理さんは「双葉の自然の中で生活していたから、同じような自然の中でまた生活したかった。もしかしたら、子ども達より私たち夫婦の方が自然の中での生活を求めていたのかもしれない」と話します 高遠町の新居には、去年12月に一時帰宅した福島の実家から持ち出したひな人形が飾られていました。 真也さんは伊那で自宅を購入し移住を決断し「震災以降、同じところをぐるぐる回っていたが、ちょっと時間が動き出したような感じ。隣近所など人とのつながりを作るのが楽しみ」と笑顔で話していました。 震災から4年。廣田さん一家は高遠での新たな生活でこれまでの時間を取り戻します
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里山の間伐面積は380ヘクタール
上伊那地域の森林税を活用した今年度の里山の間伐面積は380ヘクタールになる見込みです。 これは10日、伊那合同庁舎で開かれたみんなで支える森林づくり上伊那地域会議で今年度の事業実績が報告されたものです。 報告によりますと、今年度の上伊那の民有林の間伐見込み面積は380ヘクタール。 県内3000ヘクタールの計画のうち上伊那が占める割合は12.7%でした。 また個人が所有する林を集約化した間伐面積は390ヘクタールで、県内の2000ヘクタールのうち上伊那が占める割合は19.5%でした。 県全体の計画では森林税を活用した間伐面積は平成29年度までに15000ヘクタール、間伐材の搬出は20000立方メートルを目標としています。 来年度は、木育事業を拡大する他、林業技術者が里山づくりを考えている人を対象に講習などを行う里山活用推進リーダー育成事業などを新たに計画しています。
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伊那消防署 新庁舎に引越し
建物の老朽化や消防広域化などに伴い移転する伊那市荒井の伊那消防署では、10日から署員たちが新しい庁舎への引っ越し作業を行っています。 10日は、朝から署員達が机の中にある書類などを段ボールに入れたり、ロッカーや事務用品などを新庁舎へ運んでいました。 上伊那広域消防本部と伊那消防署を併設する新しい庁舎が先月12日に竣工しました。 それに伴い、19日から新庁舎で運用が始まるため10日から3日間の日程で引っ越しが行われます。 およそ300キロある金庫。 専門業者でも運べないとの事で、消防の救助資機材を活用しながら救助隊が中心となって2階から降ろしていました。 伊那消防署は以前、旧伊那市役所に併設されていました。 老朽化や手狭だったことから昭和49年5月に現在の場所に建てられました。 伊那消防組合消防本部の小松研消防長は現在の庁舎が完成した年に入署しこの3月で退職となります。 伊那消防署では、OB職員や近隣住民などを招いての閉庁式が19日に行われることになっています。
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産直市場グリーンファームで蘭展
伊那市ますみヶ丘の産直市場グリーンファームで100種類の様々な蘭の花が楽しめる展示会が開かれています。 グリーンファームの園芸ハウスには、100種類、約3千鉢の蘭が展示されています。 380円で購入できるデンドロビウムから、一鉢に100個ほどの花をつけるという5万円のコチョウランまで様々な品種の蘭が展示販売されています。 中でも、自宅で比較的簡単に育てる事ができるミニカトレアが人気を集めていました。 蘭は日本各地で育てられたものを、グリーンファームの従業員が珍しいものや気軽に楽しめるものを選び市場から仕入れてきたということで、「色彩豊で華やかな蘭を楽しんでもらいたい」と話していました。 蘭展は15日(日)まで、伊那市ますみヶ丘の産直市場グリーンファームで開かれています。
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い~なちゃんカード 銀れいカード支払可能に
伊那市の商店街などで買い物をするとポイントがつく「い~なちゃんカード」で、中国を中心に使われているクレジットカード「銀れいカード」が利用できるようになりました。 10日は伊那商工会館で記者発表が行われ、伊那市コミュニティーカード協同組合の中村紘治理事長らが新しくなった端末機について説明しました。 新しい端末の導入は、中小企業庁の「商店街まちづくり補助金事業」を活用して行われました。 い~なちゃんカードは、市内の商店街などで買い物をすると、100円につき1ポイントつき、現在98店舗で利用できます。 3月からICチップの読み取り機能がついた端末機に変わり、中国を中心に使われている銀れいカードの支払いが可能となりました。 銀れいカードはクレジット機能がついたもので、中国で幅広く利用されています。 組合では、「今後中国をはじめとする海外からの観光客増加が期待される中、主要なカード決済のインフラが構築されたとしています。
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タイの旅行会社関係者が伊那市視察
長野県が進める海外の旅行客を誘客する事業の一環で、9日、伊那市にタイの旅行会社の関係者が訪れ、観光施設を視察しました。 この日は、タイの主要旅行会社の関係者5人が、伊那市を訪れました。 はじめに、長谷黒河内にある民宿・みらい塾を訪れました。 これは、海外からの観光客を誘致しようと、国や県が進める事業の一環です。 積極的に海外からの旅行客を受け入れている場所や、人気の観光スポットを5泊6日で巡るもので、初日の今日は伊那市を訪れました。 みらい塾では、五平餅づくりを体験しました。 おかみの市ノ羽 幸子さんに教わりながら、炊いてつぶしたご飯を串に付けていました。 築100年になる母屋には囲炉裏もあり、味噌をつけて五平餅を焼きました。 焼きあがると早速味わっていました。 タイから来た一行は、9日、伊那スキーリゾートなどを訪れました。 10日以降、松本市や小布施町飯山市など8市町村を訪れ、14日に帰国する予定です。
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東日本大震災から4年 3.11の今⑤ ある農業青年の葛藤
福島県伊達市出身の農家、橘内孝太さん。33歳。現在知人の家で仮住まいをしています。 福島第一原発事故のあと悩んだ末に高遠で農家として生きる道を選びました。 地元農家から耕作放棄地を借りることが決まり春になればここで野菜づくりを始めます。 孝太さんは福島の農家の家に生まれました。 学校卒業後は「安心して食べてもらえる野菜を作りたい」との思いから実家で無農薬栽培を始めました。 経営的にも軌道にのってきた2011年。福島第一原発事故が起きました。 原発から自宅まではおよそ50キロ。 孝太さんは放射性物質の影響を考え7年間続けてきた福島での野菜づくりを断念しました。 孝太さんは「現状農業は難しい。人間の力ではどうにもならない。」と話します。 農家の知人がいる高遠町で農業を手伝い3年が経過した去年。 この場所で農家として生きていく決断をしました。 孝太さんが生まれ育った福島県伊達市梁川町。 原発事故は福島の農家に大きな損害を与えました。 孝太さんの父、孝一さんの農地のすぐ近くにも放射線の除染作業で出た土が仮置きされています。 孝一さんは「福島という場所を考えたときもうすでに普通じゃない。福島がもう本来の前の福島じゃないし戻ることもない。」と話します。 原発事故は橘内さん家族の生活を大きく狂わせました。 孝太さんは「福島を忘れたわけではないけどそのまま置き去りにしてきて、だんだん福島の感覚がうすくなっている。」と言います。 あれから4年。 孝太さんは高遠で農業をしていくことに葛藤を抱えながらも少しずつ前に進もうとしています。
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国保税負担軽減を求める陳情
伊那市の自営業者や退職した教職員、日本共産党などで組織する、伊那市国保を考える会は9日、国保税の負担軽減を求める1,093人分の署名を伊那市議会に提出しました。 この日は、伊那市国保を考える会の、鈴木正巳代表らが市役所を訪れ、伊藤泰雄議長に、低所得者の負担を軽減する緩和措置を求める陳情書を提出しました。 伊那市は、来年度から被保険者1人あたりの税額を今年度より平均で18.67%上げ、額にして1万2,308円増の7万8,215円とするとしています。 鈴木代表は、「伊那市には年収が200万円に満たない、低所得者が6割近くいる。行政で緩和措置を考えてもらいたい」と話していました。 この件に関しては既に、国保税値上げの中止を求める陳情が出されていて、市議会の社会委員会に付託されています。
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県議選上伊那郡区 矢ヶ崎氏事務所開き
任期満了に伴う県議選上伊那郡区から立候補を表明している新人の矢ヶ崎克彦さんの後援会は7日、辰野町内で事務所開きを行いました。 辰野町で行われた事務所開きには支持者およそ150人が集まりました。 前の辰野町長で新人の矢ヶ崎さんは支持者を前に「これまでに培った人脈を活かし地域振興を図りたい」と訴えました。 矢ヶ崎さんは「チェンジコール、カンバックコール これが出馬の大義名分です。ここが一番大事なポイントで今回の争点だと思っています。理由があって出ています。 国、県、町村それぞれが連携してはじめて事業ができるのです。 私は各党派に入らない県民党でまいります。知事与党でまいります。 話し合いをし決まったら応援していく。陳情に行くときには矢ヶ崎ついて来てくれと言われるような県議になりたい。」と述べました。 後援会は上伊那郡区各町村に支部を設置していて今後はミニ集会や総決起大会を予定しています。 定数2の県議選上伊那郡区はこれまでに矢ヶ崎さんのほかに現職の垣内基良さん、同じく現職の小林伸陽さん、新人の寺平秀行さんが立候補を表明しています。
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箕輪町 少子化対策で補助
箕輪町の白鳥政徳町長は、少子化対策として、出産後の母親の負担軽減を図ろうと、産後の母子ケア事業を行う考えを示しました。 9日に開かれた箕輪町議会一般質問の中で議員の質問に答えたものです。 平成27年度から産後ケア事業と母乳相談事業を実施する考えで、高齢化で第二子以降が少ないことや、初めて出産した母親の負担軽減につなげ、安心して子どもを産み育てられる環境を目指すとしています。 産後ケア事業は、出産後の体調不良や子育て相談など、郡内の助産所や医療機関がサポートするものです。 一日12,500円を上限に、原則として7日間の費用を2分の1、町が負担するものです。 母乳相談事業も同様に、町が2分の1を負担するもので、1回2,000円の補助券を3枚支給するとしています。 上伊那では、駒ヶ根市で同様の取り組みを行っています。 また、今年箕輪町発足60周年を迎えるにあたり、9月5日と6日にギネスに挑戦や、タイムカプセルなど町民参加型の式典を開きたいとしています。 他に、自然エネルギー普及事業として、箕輪ダムを利用した小水力発電ができないか、長野県に相談していることも明らかにしました。